1−2 インドネシア・スマトラ島沖大規模地震及びインド洋津波



1−2 インドネシア・スマトラ島沖大規模地震及びインド洋津波

(1)災害の発生と被害の概要
 2004年12月26日午前7時58分(日本時間午前9時58分),インドネシア共和国スマトラ島アチェ州沖でM9.0と推定される海溝型巨大地震が発生した。米国地質調査所によると,この地震の規模は,1900年以降,4番目の大きさになる(最大は1960年のM9.5のチリ地震)。
 これにより発生した大津波がインドネシアのみならず,遠地津波として,タイ,マレーシアやインド,スリランカ,モルディブや,さらには遠くアフリカ大陸まで到達し,インド洋沿岸諸国に未曾有の被害をもたらした。これによる被災者は120万人,死者及び行方不明者数30万人以上,被害総額は78億ドル超に達すると見込まれているが,その全容は明らかではない。
 この大津波は世界的な観光地であるタイのプーケットなどを襲い,各国の住民のみならず,日本をはじめ欧米等海外からの観光客も多数犠牲となった。邦人の被害としては,35名の死亡が確認された(タイで23名,スリランカで12名,2005年4月現在)。

インドネシア・スマトラ島沖大地震及び津波による被害

(2)国際社会の対応
 この未曾有の悲劇に対し,国際社会もまた未曾有の支援活動を展開した。各国やNGO等による緊急援助物資の供与や救急救助,医療チームの派遣等のほか,国際社会が連帯した取組として,主要なものだけでも以下のような対応がなされた。
[1] ASEAN主催緊急首脳会議(1月6日,ジャカルタ)
 国連による統一緊急支援アピールが発出され,当面6ヶ月で約9.77億ドルの支援を要請。ま         た,首脳会議において共同宣言を採択。
[2] 支援国会合(1月11日,ジュネーブ)
 国連による統一緊急支援アピールに対し,各国が支援を表明。会合後の誓約も含め要請額の約77%の支援が誓約された。日本はその約三分の一に当たる2.5億ドルを誓約した。
[3] パリ・クラブ(1月12日,3月10日,パリ)
 1月から,津波被災国からの支払い猶予(モラトリアム)について議論。3月には,パリ・クラブ債権国は,IMF・世界銀行による現状分析に基づき,関心を表明した国に対し,適格な公的債権について,2005年12月31日まで債務の支払いを期待しないことに合意した。
[4] 国連防災世界会議(1月18日〜22日,兵庫県神戸市)
 インド洋地域津波早期警戒体制の構築等,インド洋災害に関し特別会合が開かれ,共通の声明がとりまとめられた。会議内容については別項に記載する。
(3)我が国の対応
 今回の未曾有の大災害に対し,2005年1月6日にジャカルタで開催されたASEAN主催緊急首脳会議において小泉内閣総理大臣が表明したとおり,我が国は,アジアの一員として,資金,知見,人的貢献の3点で最大限の支援を実施している。
[1] 5億ドルの無償支援
 緊急支援として,国際機関を通じた協力,二国間の協力として,5億ドルの無償支援を実施した。
うち,2.5億ドルは,UNICEF,WFP,UNHCR,UNDP,IOM,OCHA,ISDR等への拠出であり,このほか,2.5億ドル相当の二国間ベースの支援となっている。この二国間ベースの支援については,発災直後からの緊急対応として,インドネシア,タイ,スリランカ,モルディブに対して実施した計302万ドルの緊急無償資金協力,6,000万円相当の緊急支援物資供与,WFPを通じた2,400トン(5,300万円相当)のコメの提供等を実施したほか,246億円を,インドネシア(146億円),スリランカ(80億円),モルディブ(20億円)に対する無償支援として供与した。
[2] 国際緊急援助隊の派遣
 津波被害が甚大であったインドネシア,タイ,スリランカ,モルディブに対し,各国政府からの要請に応え,国際緊急援助隊(救助チーム,医療チーム,専門家チーム)を数次にわたり派遣した(自衛隊を除き,延べ約240人)。
 自衛隊については,インド洋における任務引き継ぎ後,帰国途中の海上自衛隊艦艇3隻により,タイにおいて捜索・救助活動を実施。これを皮切りに,災害対応としては過去最大規模の部隊を派遣した。特に被害の大きかったインドネシアに対しては,約1,000名(国内において派遣準備中及び待機を含む。)規模の派遣部隊等が,バンダ・アチェ等において医療活動や救援物資の輸送支援等を実施した。
[3] NGOによる支援活動,官民の支援物資リレー
 ジャパン・プラットフォーム参加のNGO及びその他のNGO団体による支援活動に対し約5.32億円の支援を実施した。また,民間企業や地方公共団体から政府に対し,各種支援物資の無償提供の申し出があったことを受け,関係省庁,自衛隊,民間倉庫業者,航空会社,海運会社,国際機関の協力を得て,これら物資をインドネシアへリレー輸送し(2月2日第1便がバンダ・アチェに到着),被災者へ配布した。
[4] 公的債務の支払い猶予
 債務の支払いを一定期間猶予する用意がある旨を表明した。
[5] 復旧・復興への支援,政府現地調査団の派遣等
 我が国は,緊急支援に加え,中長期的な復旧・復興についても最大限の支援を行うこととしている。3月13〜21日には,14省庁33名からなる政府現地調査団をタイとスリランカに派遣し,復旧・復興支援に当たっての状況の把握等の調査を実施した。また,総合科学技術会議が指定した緊急調査研究として,地震,津波等の専門家を,震源海域ならびにインド洋沿岸被害国に派遣し,科学的調査を実施した。
[6] インド洋における津波早期警戒体制の構築
 今回の災害では,津波に関する知識の欠如,津波早期警戒体制の不備により被害が拡大した面が大きかったことから,小泉内閣総理大臣はいち早く,関係国・機関とも協力し,太平洋津波警報組織と同様の仕組みをインド洋地域において速やかに構築するために積極的に努力する旨を表明し,国連防災世界会議での特別セッションの開催を呼びかけた。その後の動きについては別項に記述する。

COLUMN   津波被害を軽減したモルディブにおける我が国のODA事業
  モルディブ共和国の首都マレは,標高が海面から1メートル台で,高潮による浸水被害が頻発していた。1987年には,サイクロンによる高波によって,マレ島の3分の1が冠水するという甚大な被害が発生した。これを契機に,我が国の政府職員が現地を調査し,技術的な指導を行い,同年から三箇年で我が国の無償資金協力により離岸堤を,さらに,1994年度から2002年度にかけて,マレ島全周約6キロメートルにわたり,海岸護岸を整備した。
 インドネシア・スマトラ島沖大地震による津波が発生し,同島においても推定3メートルの高さの津波が襲来したが,護岸をやや越える程度におさまり,マレ市街は浸水したものの,この護岸等のおかげで,大惨事から免れ,多くの命が救われた。


(4)2005年3月28日スマトラ沖地震
 2005年3月28日午後11時9分(日本時間29日午前1時9分),再びスマトラ島沖でM8.5の地震が発生した。これによりインドネシアにおいて,ニアス島を中心に,死者547名,負傷者,行方不明者が多数生じるなど,甚大な被害が発生した。
 これを受け,気象庁は,29日午前2時頃(日本時間),地震の発生時刻,震源位置,地震の大きさ,インド洋沿岸に対する津波到達予想時刻に関する情報をオーストラリア,インド,インドネシア,マレーシア,モルディブ,スリランカ,タイ等へ緊急に連絡した。これは,昨年末のインド洋津波災害を受け,国連防災世界会議において,インド洋における本格的な津波早期警戒体制が構築されるまでの暫定的な措置として,我が国気象庁が米国津波警報センター(PTWC)と協力して,インド洋関係諸国に津波監視情報を提供する旨を表明し,会議後その準備を進めていた中で,今回の巨大地震に際して津波が発生する可能性が予測されたため,緊急的に情報提供を行ったものである。
 また,インドネシア政府の要請を受け,29日には,総額約1,500万円相当の緊急援助物資(テント,毛布,発電機,スリーピングマット)の供与及び国際緊急援助隊(医療チーム)の派遣を決定した。


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