1−6 途上国における防災戦略



1−6 途上国における防災戦略

 途上国における防災対策は,事後対策に追われているということに加えて,それぞれの機関が十分な連携を取らないまま対応が行われている場合が多い。既存の資源を最大限に活用し,効果的な防災対策を進めていくためには,次の5つの戦略が有効である。
(1)防災体制,法的枠組みの確立
 途上国においては,中央政府,地方政府に防災を担当する部局が存在せず,災害が発生した場合は,赤十字社まかせという国も見られる。
 したがって,途上国の第一の課題は,国の防災の体制,法的枠組みを確立することである。
 例えば,災害対策基本法の整備,中央防災会議の設置等により国としての防災体制の基盤を整えることが重要である。
(2)防災の観点の開発計画への組み入れ
 災害に強い国土を造るためには,開発計画の中に防災の観点を取り入れていくことが必要である。このためには,リスクの特定,分析・評価を行い,防災が投資に値するものであることを国レベルで認識し,優先度の高い効果的な対策を明らかにし,国の開発計画の中に組み入れていかなければならない。

コラム 災害対策基本法が必要(カンボジア王国)
 カンボジアでは,1996年に国家防災会議(NCDM)が設立され,国としての防災体制が確立された。現時点では,災害準備や対応などについての基本政策や公式ガイドラインがないため,政府各省,県,郡の役割や責任が不明確で,情報伝達や意思決定,計画策定,実施などが十分には機能していない。
 2000年の洪水時にはフン・セン首相や県知事のリーダーシップにより緊急時対応や資源の活用・運用を行ったが,災害対策基本法などの根拠法の整備,各省の役割と責任の明確化,根拠法に基づく国家防災会議の調整役としての権限の確立が課題となっている。
 フン・セン首相は,2004年2月のアジア防災会議2004においても防災の重要性を強調しており,事前の災害準備,ハード整備などの災害予防,計画的な災害対応や災害復旧・復興にいたるまで,総合的な防災政策推進のため根拠となる災害対策基本法の整備や体制整備が急がれている。
洪水時に陣頭指揮を取るフン・セン首相
洪水時に陣頭指揮を取るフン・セン首相(中央最前列)
出典:カンボジア国家防災会議事務局

(3)防災への投資
 多くの場合,防災は,負のインパクトへの「守り」と認識されており,大半の国では国の開発計画とは切り離され,国の中での優先度も低く,かつ予算も限られている。結果として,多くの災害を受け,多額の災害対応費用を費やし,国の持続的な発展の阻害となる悪循環に陥っている。
 防災を国の開発のための社会基盤への「投資」ととらえ,費用対効果の高いもの,国の開発上重要なものから優先的に投資していく必要がある。

コラム 防災は投資に値する(中華人民共和国)
 1998年の揚子江の壊滅的な洪水は死者3,700人,被災者2億3千万人,農作物被害面積は日本の本州面積にほぼ等しい2,544万ha,直接経済被害は中国国家予算のほぼ3分の1に相当する2,642億元(約4兆円)という壊滅的な被害をもたらした。
 この洪水を契機に中国では,災害後の対応を中心とした災害対策から被害抑止力の向上へと抜本的な洪水政策の転換を迫られた。1998年から2002年の中央政府の河川への投資は1,400億元,河南省の総投資額は240億元となった。また,海外からの借款から4億4千万ドルが主に揚子江堤防補強工事に使われた。この結果,以下の5つの効果があった。
 1)河川の洪水防御力の向上:水の流れの支障となっていた干拓地の取り除きや湖の復元などにより,河川や湖の貯水量や流量が強化された。また,上流の貯水池などにより,上流域での貯水能力も高まった。
 2)便益は投資をはるかにしのぐ:洪水に対する脅威が減少し,災害対応,救援に必要な資材と資金は政府の様々なレベルで大幅に減少した。
 3)地域経済,社会開発などの景気向上:大規模な洪水制御プロジェクトは,地域の産業構造を変え,流域の経済,社会開発を刺激した。プロジェクトはまた,投資環境を向上させ,都市の基本インフラの向上をもたらす原動力となった。
 4)地域住民の収入増加:湖水地方の農家の生活条件は格段に向上した。洪水対策は,単にこれら住民の貧困レベルからの脱却にとどまらず,長期的なビジネススキームでの投資を促進させた。政府補助金により,多くの農家は新しい住居を建てたり,移住したりした。大洪水によるホームレスは一掃された。
 5)洪水制御は人と自然の調和をも促す:住居の移転や農地を湿地や湖に復元することで人々がエコシステムと調和して暮らすことができるようになり,洪水の脅威も減らすことが可能となった。
出典:中華人民共和国水利水力科学研究院
 なお,我が国も円借款により,長江流域の湖南省,湖北省,江西省の洪水対策事業に合計480億円を供与している。

(4)防災情報の整備
 台風,洪水,地滑り,火山噴火等の自然災害において,事前に災害の発生に関する予報・警報等の情報を住民に周知することができれば,多くの人的損失,経済被害を軽減することが可能となる。
 しかしながら,アジア各国の気象局は,日本から気象衛星の画像データを入手している(平成15年度から気象庁が国際協力機構との協力の下,アジア太平洋地域の各国に,台風監視・予測に関する技術移転を開始している)ものの,各国の中で,台風が接近するという情報をタイムリーに市民に伝える仕組みができていないため,住民に必要な情報が迅速に伝わらず,大きな被害が発生しているという問題点がある。
 また,洪水浸水区域マップや地滑り危険地,地震の危険度マップなどが専門家の間で作られているが,コミュニティにまで浸透しておらず,専門家が認識している実際のリスクと住民の認識しているリスクとの間に大きな隔たりがある。
 ついては,早期警報システムやハザードマップなどにより,住民がリスクを正確に理解し,的確な行動が図れるよう,住民に対する防災情報を提供する体制を整備することが極めて重要である。

コラム 防災情報の重要性(コロンビアと日本の事例)
 1985年11月南米コロンビアのネバド・デル・ルイス火山では約22,000人が火山噴火に伴う泥流のために犠牲となった。実は噴火の1ヶ月前に正確なハザードマップが専門家によって作られていたが,住民には知らされていなかった。
 泥流の発生した地域は,ハザードマップで予測されていたとおりの地域で,専門家の情報が住民に伝わっていれば防げたかもしれない災害であった。
 一方,日本では2000年3月の有珠山噴火災害の際に,火山噴火予知連絡会の的確な助言を受け,関係機関41機関で構成する「有珠現地連絡調整会議」などの迅速な対応,避難の実施により人的被害はなかった。また,フィリピンのマヨン火山でも2000年〜2001年の噴火の際,地震観測体制や適切な避難誘導などにより,大規模な噴火であったにもかかわらず,死者ゼロと大きな成功を収めている。正確でタイムリーな情報伝達により,被害は大きく軽減できる。

(5)幅広いパートナーシップと市民の参画
 防災では,様々な役割の人たちとの連携が不可欠である。
 気象局による早期警報はメディアなどを通じて地域コミュニティまで届いてはじめて災害の軽減につながる。また,災害に強い地域づくりのためには,堤防・ダムや砂防施設などの土木施設整備に加え,治山や農地の管理,適正な土地利用計画,建築物の設計基準など様々な分野の協力が欠かせない。
 また,被害を受ける立場にあり,かつ,災害発生時に最初の対応者となるコミュニティに対する正確な防災知識の普及・啓発,コミュニティの自助,共助の能力の向上が被害軽減の鍵となる。
 更に,防災教育を義務教育のカリキュラムに組み込むことが重要である。特に,途上国においては,若年層が人口の大部分を占めているため,学校教育を通じた防災知識の普及・啓発が極めて有効である。なお,インド等においては既に防災教育が義務教育のカリキュラムに組み込まれている。


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