4−1 震災対策



4 自然災害対策

4−1 震災対策

(1)地震の発生と被害状況
a 我が国における地震の概要
 我が国は,海洋プレート(太平洋プレート,フィリピン海プレート)及び陸側のプレート(ユーラシアプレート,北米プレート)の境界部に位置し,日本周辺で,太平洋プレートが日本海溝及び小笠原海溝で陸側のプレートとフィリピン海プレートの下に沈み込み,またフィリピン海プレートが南西諸島海溝,南海トラフとその延長である駿河トラフ及び相模トラフで陸側のプレートの下に沈み込んでいる( 図2−4−1 )。このように複雑な地殻構造の上に位置する我が国は,世界的に見ても地震の発生の多い国であり,過去より頻繁に大きな被害を生じるような地震に見舞われてきた( 表2−4−1 )。

日本列島とその周辺のプレート
我が国の主な被害地震(明治以降)
 これまで大きな被害を及ぼしてきた地震を大別すると,以下のようになる。
 一つは,プレートの境界付近で発生する地震で,プレート間で発生する地震と海洋プレート内で発生する地震がある。プレート間の地震では,大きな被害をもたらした関東大地震(大正12(1923)年)や南海地震(昭和21(1946)年)等が代表とされる。このタイプの地震は沈み込みに伴うプレートの変形が限界に達し,元に戻ろうとして急激に運動する際に発生し,場所によって異なるが,数百年程度の間隔で繰り返し発生すると言われている。また海域の比較的震源が浅い地震であることから津波を伴うことが多い。近い将来に発生が予想されている東海地震や東南海・南海地震も,このタイプの地震と考えられている。海洋プレート内で発生する地震では,昭和三陸地震津波(昭和8年(1933)年),平成5年(1993年)釧路沖地震や平成13年(2001年)芸予地震等はこれにあたり,このタイプの被害地震も多く経験している。
 もう一つは,陸域の浅い地震で,プレートの沈み込み等の影響を受けて内陸のプレートが歪むことなどにより歪エネルギーが蓄積され,地下の断層の破壊で解放されることにより発生するタイプの地震がある。濃尾地震(明治24(1891)年),福井地震(昭和23(1948)年),平成7年(1995年)兵庫県南部地震,平成12年(2000年)鳥取県西部地震はこのタイプの地震である。断層のうち,最近の地質時代以降(約200万年前以降)に数千年から数万年程度の発生間隔で繰り返し活動していることから,将来も活動すると推定されている断層を活断層と呼んでいる。
 その他,我が国は多くの活動的な火山を有することから,火山活動に伴う地震も過去に多く発生しており,例えば平成12年(2000年)有珠山噴火においては,3月末の活動に前後して山麓で最大震度5弱となる地震が3回発生した。
b 津波の発生と災害の状況
 地震により海底に急激な上下変動等の地形変化が発生し,海面上に波動を生ずるのが津波である。津波の規模は,通常,地震の規模(マグニチュード)に比例するが,震源の深さ,地震の起こり方等にも影響される。
 津波は水深の深いところでは時速数百kmもの速さで伝播し,海岸に到達するまでに,水深や地形による増幅効果等により何倍もの高さとなる。特に,津波が湾内に入る場合,湾奥では更に高くなることが多い。また,第1波よりも後続の波の方が高くなることがある。
 津波により大きな被害を生じたものとして,明治三陸地震津波(明治29(1896)年),昭和三陸地震津波(昭和8(1933)年),東南海地震(昭和19(1944)年),南海地震(昭和21(1946)年),チリ地震津波(昭和35(1960)年),1968年十勝沖地震(昭和43年),昭和58年(1983年)日本海中部地震,平成5年(1993年)北海道南西沖地震が挙げられる( 表2−4−1 )。明治三陸地震津波の約22,000人及び昭和三陸地震津波の約3,000人,チリ地震津波の139人の死者・行方不明者はすべて津波によるものであり,この20年内に発生した昭和58年(1983年)日本海中部地震の104人,平成5年(1993年)北海道南西沖地震の230人の死者・行方不明者の内,大部分は津波によるものである。

我が国の主な被害地震(明治以降)
c 平成15年度の主な被害地震
 平成15年度に発生した地震のうち被害が生じた主なものは次のとおりである。
(a)茨城県南部の地震
 平成15年5月12日,茨城県南部の深さ47kmを震源とするM5.3の地震が発生し,茨城県,埼玉県,東京都の一部で震度4を観測した。この地震により負傷者3名の被害が発生した。
(b)宮城県沖の地震
 平成15年5月26日,宮城県沖の深さ72kmを震源とするM7.1の地震が発生し,岩手県,宮城県の一部で震度6弱を観測した。この地震により,負傷者174名,住家全壊2棟,住家半壊21棟,住家一部損壊2,404棟等の被害が発生した。
(c)宮城県北部の地震
 平成15年7月26日,宮城県北部の深さ12kmを震源とするM6.4の地震が発生し,宮城県の一部で震度6強を観測した。この地震の7時間前にはM5.6の前震があり,宮城県の一部で震度6弱を観測した。これらの地震により,負傷者677名,住家全壊1,247棟,住家半壊3,698棟,住家一部損壊10,975棟等の被害が発生した。
(d)千葉県南部の地震
 平成15年9月20日,千葉県南部で深さ70kmを震源とするM5.8の地震が発生し,茨城県,栃木県,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県の一部で震度4を観測した。この地震により,負傷者8名の被害が発生した。
(e)十勝沖地震
 平成15年9月26日,釧路沖の深さ45kmを震源とするM8.0の地震が発生し,北海道で震度6弱を観測した。また,広尾町十勝港(検潮所)で高さ2.5m,えりも町百人浜で遡上高4.0mなど,北海道から東北地方にかけての太平洋沿岸で津波が観測された。この地震により,行方不明者2名,負傷者849名,住家全壊104棟,住家半壊345棟,住家一部損壊1,560棟,床下浸水9棟等の被害が発生した。
(f)千葉県北西部の地震
 平成15年10月15日,千葉県北西部の深さ74kmを震源とするM5.1の地震が発生し,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県の一部で震度4を観測した。この地震により負傷者4名の被害が発生した。
(g)茨城県沖の地震
 平成15年11月15日,茨城県沖の深さ48kmを震源とするM5.8の地震が発生し,福島県,茨城県で震度4を観測した。この地震により,負傷者1名の被害が発生した。
(h)佐渡付近の地震
 平成15年12月22日,佐渡付近の深さ16kmを震源とするM4.7の地震が発生し,新潟県で震度4を観測した。この地震により,建物壁面に亀裂1軒の被害が発生した。
(2)地震に関する調査研究・観測の推進
a 地震の監視・観測と地震情報
(a)地震活動の監視,観測
 気象庁は,地震発生時に速やかに震源の位置や地震の規模を推定するため,全国に地震計を設置した観測網を構築し,地震活動を監視している。また,地震発生時に各地の揺れの強さを直ちに知るため,全国に震度計を設置している。地方公共団体においても震度計を設置し,気象庁にデータ提供することにより,高密度な震度観測網が構築されている( 表2−4−2 )。

緊急時の防災情報発表のための地震及び震度観測
 いつ発生してもおかしくないとされる,駿河湾付近のプレート境界を震源とする東海地震の発生直前の前兆現象を捉えるため,関係機関において東海地域及びその周辺に地震計や地殻岩石歪計,GPS等の観測網が整備され,気象庁において,これらのデータについて異常がないか監視している。
 地震調査研究推進本部(後述)は,平成9年6月に「地震に関する基盤的調査観測網等の計画」を,平成13年8月に「地震に関する基盤的調査観測計画の見直しと重点的な調査観測体制の整備について」を決定し,文部科学省,気象庁,国土地理院等の連携のもと,この計画に基づいて地震観測の体制整備を進めている( 表2−4−3 )。これらの観測データは関係機関で共有され,地震調査研究推進本部において地震活動の評価等に活用されるとともに,気象庁において地震活動の監視に活用されている。

地震・地殻活動の詳細な把握,調査研究のための基盤的観測
(b)地震情報
 強い揺れが観測され,また津波が発生,もしくはそのおそれがある地震等が発生した場合,地震発生直後の防災機関の的確な初動対応や国民への情報提供のため,気象庁は地震に関係した各種の情報を発表する。これらの情報は関係省庁,関係地方公共団体等の関係機関や報道機関にただちに伝達され,これらの機関を通じて,一般住民にも伝達されている。主な情報は次のとおりである。
 震度3以上が観測された場合には,地震発生後2分程度で震度3以上の地域の震度を「震度速報」として発表し,5分程度で震源の位置,地震の規模及び大きな揺れを観測した市町村の震度を「震源・震度に関する情報」として発表する。津波の発生が懸念される場合には,地震発生後3分程度で,予想される津波の高さやその範囲について「津波予報」や「津波情報」を発表する( 図2−4−2 )。

地震発生直後の震度情報の活用
 東海地震については,平成16年1月より新しい情報体系となった (詳細については4−1(4)「東海地震対策」を参照) 。観測データが異常を示し,東海地震の前兆の可能性が高まったと認められる場合には,「東海地震注意情報」が発表される。さらに東海地震が発生するおそれがあると認められた場合には,「地震予知情報」を気象庁長官が内閣総理大臣に報告し,その内容を「東海地震予知情報」として発表することとしている。
b 地震情報に関する取り組み
(a)地震発生直後の緊急地震速報の実用化
 緊急地震速報とは,地震発生後に最も早く到達するP波(縦波:地殻の中では6〜7km/s)と遅れて到達して主要な破壊現象を引き起こすS波(横波:地殻の中では3.5〜4km/s)の時間差を利用して,震源に近い地点のP波を検知し直ちに処理することにより震源や地震の規模の推定及び各地の揺れや津波についての予測を行い,S波が到達するまでの間に情報提供を行うもので,気象庁において平成11年度から技術開発を行い,情報提供体制の整備を進めている。また,独立行政法人防災科学技術研究所では,気象庁と連携し,平成14年度から即時的地震情報の精度向上等のための研究開発(実証的なものを含む)を行っている。
 気象庁では,緊急地震速報の提供を可能にする地震計を関東地方から九州東部にかけて整備し,平成15年度末から,特定の機関に対し,検証のための情報提供を開始した。さらに,平成16年度中には,東北・北海道地方に新しい地震計を整備する予定である。
(b)地方公共団体等の取り組み
 地方公共団体等においても地震の揺れの観測結果を活用するシステムを導入しており,例えば横浜市においては,地震発生直後に市域内の地震動の状況をきめ細かく把握し,災害応急対策を支援する「高密度強震計ネットワークシステム」の運用を平成8年5月から開始している。その他,地方公共団体の中には,出火危険や延焼危険等の消防活動に必要な被害状況を事前に予測するシステムの開発を行っているところもある。この他公共機関においても,海岸線等に配置した地震計により必要な警報や情報を列車運行システムに発信するシステムの運用を図ったり(JRの早期地震検知警報システム:ユレダス),ガス供給区域内のセンサー等からの情報やあらかじめデータベース化された地盤や導管情報などから被害推定を行い,ガスの供給停止判断の支援や供給停止制御を行う(東京ガスの地震防災システム:「超高密度リアルタイム地震防災システムSUPREME」)など,様々な取り組みがなされている。
c 地震に関する調査研究の推進
(a)地震調査研究推進本部
 地震調査研究推進本部( http://www.jishin.go.jp/main/index.html別ウインドウで開きます )は,阪神・淡路大震災を契機に成立した地震防災対策特別措置法に基づいて文部科学省に設置され,地震に関する調査研究に関し,総合的かつ基本的な施策の立案,予算等の事務の調整等を行っており,本部の下に政策委員会及び地震調査委員会が設置されている。
 政策委員会においては,地震に関する調査観測計画の検討や地震調査研究の成果を社会に活かす方策の検討等を実施している。
 地震調査委員会においては,各地域の地震活動について分析・評価を毎月実施しているほか,被害地震が発生した場合等にも臨時に会合を開催している。また,地震防災対策に役立てるため,地震発生の可能性の長期的な評価と強震動の予測を組み合わせ,全国を概観した地震動予測地図を作成することとしている。その一環として,我が国で約2,000あるといわれている活断層のうち,主要なものを98の活断層帯にまとめ,活断層の長期評価や海溝型地震の長期評価を順次実施しているほか,これらの活断層や海溝型地震による強震動予測を行っている。平成15年度までに評価を行った活断層等は 表2−4−4 のとおりである。

平成15年度までに地震調査研究推進本部地震調査委員会が評価した活断層等
(b)科学技術・学術審議会(測地学分科会)
 我が国における地震予知に関する計画的研究は,昭和39年の地震予知計画以来,測地学審議会(現在の文部科学省科学技術・学術審議会)が建議する計画に基づき推進されてきた。
 測地学審議会は,兵庫県南部地震を契機として,第7次地震予知計画(平成6年度から平成10年度)の見直しを行った。平成9年6月には,第1次計画以来の地震予知計画を総点検し,総括的な計画の見直しを行い,「地震予知計画の実施状況等のレビューについて」を報告した。このレビュー等を踏まえ,第7次計画までの成果を引継ぎ,さらに発展させて,新たな考え方の導入を図るため,平成11年度からの第8次計画からは「地震予知のための新たな観測研究計画」とし,平成15年7月には,平成16年度から平成20年度までの計画である「地震予知のための新たな観測研究計画(第2次)の推進について」が建議された。
(c)地震予知連絡会
 地震予知連絡会( http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/ccephome.html別ウインドウで開きます )は,測地学審議会建議「地震予知の推進に関する計画の実施について」(第2次地震予知計画)に基づき,昭和44年4月に発足した(事務局:国土地理院)。同連絡会は,関係行政機関及び大学等と連携し,地震予知に関する調査・観測・研究結果等の情報を交換し,これらに基づき学術的な検討を行っている。
(d)その他
 地震調査研究推進本部地震調査委員会(文部科学省に設置)で行っている活断層評価に関係して,文部科学省は,都道府県及び政令指定都市に地震関係基礎調査交付金を交付し,全国の主要な98断層帯等を対象として,活断層の活動時期,想定される地震の規模等を明らかにするための調査や,全国の主要な堆積平野を対象として,強震動の評価に必要となる地下構造調査を実施しているところである。
 また,独立行政法人産業技術総合研究所では,今後百年間に地震が発生する可能性をできるだけ正確に見積もることを目的に,全国の主要な断層帯等について,必要に応じ他機関との連携の下,活動履歴調査を実施するとともに,活断層及び古地震による地震発生予測の研究を行っている。
 これらの調査等により,平成15年度末現在,98断層帯のうち92断層帯については調査が終了し,6断層帯について調査を実施中である。
 国土地理院においては,平成7年度から,空中写真の判読等による地形学的手法により,都市周辺地域の活断層の位置を詳細に記した1/25,000「都市圏活断層図」を作成しており,平成15年度末までに108面の地図を公表した。
d 地震被害想定
 大規模地震が発生した際に効果的な対応を図るためには,想定される被害に対して国や地方公共団体などがあらかじめ共通の認識を持って,予防・応急対策に備えることが重要である。
 内閣府では,関係地方公共団体における地震被害想定の作成を支援するため,平成9年8月に震源の位置や規模から地震動分布,建物被害,火災被害,人的被害,交通被害,上水道被害等を推計するための「地震被害想定支援マニュアル」を策定するとともに,これらのうち地震動分布,建物被害,人的被害についてパソコン上で自動的に推計することができる「地震被害想定支援ツール」を開発し,平成11年1月よりインターネット上で公開している( http://www.bousai.go.jp/ )。このツールは,地方公共団体の地域防災計画作成のための被害想定にも参考にされるなど,有効に活用されているところである。
 地震被害早期評価システム(EES) (4−1(8)「総合防災情報システムの整備」参照) は,気象庁から配信される各地の震度を自動的に入力することにより建築物倒壊棟数,人的被害数を推計するものであるのに対し,本ツールは震源断層パラメータとマグニチュードを入力することにより上記被害量を推計するものである。
 消防庁においても,パソコンを用いて地震被害想定を行うことができる「簡易型地震被害想定システム」を開発し,都道府県等に配布した。このシステムでは,活断層データ,地震データ等を用いて,家屋倒壊数,出火件数,人的被害数の推計を行うことができる。
 これらのシステムは,平常時においては防災に関する各種計画の見直しや住民の防災意識の啓発等に役立てることが可能であり,地震直後においては,地震被害の規模や被害の大きい地域を推定する際の参考資料として活用することができるものである。
 また,南関東地域は,我が国の政治,経済,文化の中枢であり,この地域に大規模な地震が発生した場合には,甚大な被害が予想される。このため国土庁(現内閣府)は,昭和56年度から昭和63年度にかけて南関東地域地震についての被害想定の検討を行った。
 さらに,防災対策の強化を図るため,中央防災会議の各専門調査会において,発生の切迫性が高い東海地震の被害想定を平成15年3月に,今世紀前半にも発生のおそれがあり,発生した場合に甚大な被害が予想される東南海・南海地震についても平成15年9月に行った。この他,首都直下や中部圏,近畿圏の直下で発生する地震について,被害想定を行うこととしている。
e 長周期地震動対策
 海溝型地震のような巨大地震による震源での地震動に含まれる2〜20秒程度のやや長周期の地震動(以下,「長周期地震動」と呼ぶ)は,震源域が大きいこと等から,大振幅で継続時間が長いことが特徴である。
 このような長周期地震動は,厚い堆積盆地内で表面波として成長する等,地盤構造によっては振幅がさらに大きくなり,継続時間も長くなることがある。
 このため,長周期地震動の構造物に及ぼす影響について調査研究を進め,新たな対策の必要性を検討する必要がある。
 平成16年3月17日には,長周期地震動に関する関係行政機関相互の密接な連携と協力の下に地震被害の軽減を図るため,「長周期地震動対策関係省庁連絡会議」(内閣府,防衛施設庁,消防庁,文部科学省,経済産業省,農林水産省及び国土交通省により構成)が設置され,今後,進行中の土木学会,日本建築学会の活動と十分に連携し,長周期地震動が構造物に及ぼす影響について調査研究を進めるよう具体的に検討している。
(3)地震に強い国土の形成
 従来,我が国の震災対策は災害対策基本法に基づく防災基本計画等を中心として推進してきたが,平成7年1月に発生し,死者6,400余名,負傷者43,700余名に上る戦後最大の惨事となった阪神・淡路大震災は,わが国の震災対策を推進していく上で大きな課題を残した。
 阪神・淡路大震災において大量の犠牲者を出す最大の要因となったのは,全死者数の8割以上を占める,昭和55年以前に建築されたいわゆる既存不適格住宅の倒壊による圧死等であり,さらに,住宅密集市街地等において建物の倒壊に加えて発生した火災によって,より多くの犠牲者を出すこととなった( 図2−4−3 )。

阪神・淡路大震災における犠牲者(神戸市内)の死因
 また,地震発生直後における情報集約が不十分で,死者数や建物倒壊数等の被害規模の把握に時間を要したために初動対応が遅れたこと,交通施設の損壊や道路交通の集中が原因となって発生した極度の渋滞により,避難・救急救命・消火・緊急輸送等の応急活動に著しい支障をきたしたことのほか,物資提供,医療活動,ボランティア活動,高齢者等の災害弱者に係る生活再建等多くの面で課題が明らかになった。
 これらを教訓として,阪神・淡路大震災以降様々な対策が講じられてきており,災害対策基本法の改正や防災基本計画の抜本的な見直しが行われたのをはじめ,「地震防災対策特別措置法」,「建築物の耐震改修の促進に関する法律」,「密集市街地における防災街区の整備の促進に関する法律」等の制定,公共施設の耐震基準の見直し等による建築物等の耐震性の強化や都市の不燃化の推進,内閣情報集約センターの設立や地震防災情報システム(DIS)の整備による初動体制の強化等,さまざまな施策の推進が図られている。
 さらに,平成13年6月の中央防災会議で設置が決定された「今後の地震対策のあり方に関する専門調査会」において,我が国の地震対策の現状を詳細かつ体系的に把握・分析するとともに,実効性のある地震防災体制や地震防災施設の整備のあり方など,今後の地震対策の基本的な方向について検討を行い,同調査会による提言「今後の地震対策のあり方」がまとめられた。同提言は,平成14年7月の中央防災会議に報告され,政府として提言を踏まえた地震防災対策を講じていくことが了承された。
 なお,同調査会における検討の一環として,我が国の地震対策の現状を把握・分析するため,平成13年度末時点における地震防災施設等の整備の現状に関する調査を内閣府において全国で初めて一斉に実施し,平成15年1月に最終報告としてとりまとめた( 表2−4−5 )。

地震防災施設の現状に関する全国調査/総括表
 調査結果によると,発災後に必要となる対策に比べ,建築物の耐震化や避難地・避難路の整備など人命に関わる事前の対策が進んでいないこと,都道府県ごとにばらつきが見られることなどが分かった( 図2−4−4 図2−4−5 )。今後,都道府県が作成する地震防災緊急事業五箇年計画の推進等,地震防災対策推進の重要な基礎資料として活用することとしている。

小中学校等の耐震化の状況
一次避難地の整備状況
a 地震防災緊急事業五箇年計画の推進
 阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ,地震による災害から国民の生命,身体及び財産を保護するため,平成7年7月に「地震防災対策特別措置法」が施行された。この法律により,都道府県知事は人口,産業の集積等の社会的条件や地勢等の自然的条件等を総合的に勘案して,地震により著しい被害が生じるおそれがある地域について,「地震防災緊急事業五箇年計画」を作成することができることとなった。
 「地震防災緊急事業五箇年計画」は,避難地,避難路,消防用施設,共同溝,地域防災拠点施設等の地震防災上緊急に整備すべき施設等に関する5か年間の計画であり,第1次五箇年計画(平成8−12年度)については全都道府県で作成され,全体で約14兆1千億円(対計画比76%)の事業が実施されたほか,第2次五箇年計画(平成13−17年度)についても全都道府県で作成され(計画額約14兆1千億円),地震防災緊急事業の積極的な推進が図られている( 表2−4−6 )。

地震防災緊急事業五箇年計画について
b 構造物の耐震基準の見直しと耐震診断・改修の推進
 阪神・淡路大震災においては,道路,鉄道,港湾,住宅・建築物,ライフライン施設等の構造物の損壊が発生し,我が国の安全神話の崩壊が指摘された。そこで,それぞれの構造物により設計概念が異なっていた耐震基準について,共通の設計概念の下で新しい耐震基準へと見直し,安全な国土の形成,生命の安全確保を図ることとした。
 このため,防災基本計画において,[1]構造物の使用期間中に1〜2回発生することが見込まれる一般的な地震に対してはそのまま使用が可能であること,[2]使用期間中に発生するか否か不確実ではあるが,ひとたび発生すれば甚大な災害となる大地震(関東大地震や兵庫県南部地震等)に対しては人命に重大な影響を与えないこと,を共通の設計概念とすることを明記し,この考え方に基づいて施設ごとに耐震基準の見直しが行われるとともに,既存施設のうち耐震性の十分でないものについては耐震改修が進められている( 表2−4−7(その1) (その2) )。

主な施設・構造物についての耐震基準と耐震改修の現状(その1)
主な施設・構造物についての耐震基準と耐震改修の現状(その2)
c 住宅等の耐震性の向上
 阪神・淡路大震災においては犠牲者の8割以上が住宅等の倒壊によるものであったことから,現在震災対策を推進する上で住宅等の耐震性の向上が最重要課題の一つとなっている。このため,下記の施策等により,住宅等の耐震診断・耐震改修の推進を図っている。
(a)耐震診断に係る補助
 耐震改修の前提となる耐震診断を促進するため,国等による補助が行われている(公共住宅等供給効率化事業)。
 ・直接補助(耐震診断の事業主体が地方公共団体等の場合)
 ・間接補助(地方公共団体が耐震診断の事業主体に補助する場合)
(b)耐震改修に係る補助
[1]地震防災対策強化地域等における補助
 地震防災対策強化地域等において,災害時に多数の者に危険が及ぶおそれのある建築物等一定の建築物の耐震改修工事に対して国等による補助が行われている。(耐震型優良建築物等整備事業)
・耐震改修工事費に対する地方公共団体の補助について,その一部を国が補助
[2]密集住宅市街地における耐震改修に係る補助
 耐震診断の結果,倒壊の危険性があると判断された住宅であって,かつ,一定の条件を満たす住宅の耐震改修工事に対し補助を行う地方公共団体に対して,国が補助金を交付する支援措置が行われている。
・耐震改修工事費に対する地方公共団体の補助について,その一部を国が補助
(c)耐震改修に係る融資
 住宅金融公庫等による耐震改修に対する低利融資が行われている。
(d)耐震改修に係る税制の優遇措置
 住宅ローン控除制度の適用対象となる増改築等の範囲に,筋かいの設置や合板による壁の補強,土台と柱の接合部の補強,基礎の補強等の耐震改修工事が含まれる。
(e)防災上危険な密集市街地に存する住宅・建築物等の防災安全性に関する調査(緊急地域雇用創出特別交付金事業の活用による耐震診断の実施)
 防災上危険な密集市街地に存する住宅や学校・社会福祉施設等防災上重要な公共施設の耐震性を把握し,地域における避難,救援・救助活動等の計画に的確に反映させるため,地方公共団体が,緊急地域雇用創出特別交付金(基金)事業のひとつとして,民間事業者等に委託して技術員及び補助作業員を雇用し,建築物等の耐震診断等下記の事業を実施し,地域の防災安全性の向上を図っている。
[1]防災上危険な密集市街地における住宅の簡易耐震診断
[2]被災時に避難地・避難所となることが多く,また,児童・生徒が日常利用する学校施設の耐震診断
[3]高齢者・障害者等が利用する医療施設,社会福祉施設等の耐震診断
[4]土砂災害の危険性のある斜面等の緊急診断
[5]特殊地下壕に関する調査等

〈参考〉緊急地域雇用創出特別交付金(基金)事業の概要
 都道府県に「緊急地域雇用創出特別交付金」を交付し,地方公共団体が地域のニーズを踏まえ,緊急かつ臨時的な雇用(新公共サービス雇用)等を創出する事業を実施。
[1]予算3,500億円(平成13年度1次補正にて予算措置)
[2]基金の造成
 交付金を財源として,都道府県に基金を造成。
 (平成16年度末までの措置。)
[3]基金による事業
 都道府県及び市町村は,基金を財源として次の事業を実施。
 (併せて,自らの財源により,事業の上積みにも努力)
 (1)都道府県が実施する事業(委託事業又は直接実施事業)
○国の推奨事業例を参考に,独自に企画した新事業であること。
○雇用創出効果が高い事業であること。
 ※都道府県の事業計画全体で,事業費に占める人件費割合が概ね8割以上,
 失業者の雇入れ割合が概ね4分の3以上。
○雇用期間は原則6か月未満(事業内容によっては1回の更新可)。
 (2)市町村が実施する事業(委託事業又は直接実施事業)
○上記要件に該当する事業を市町村が実施する場合には,都道府県から市町村に補助金(10/10)を支給。

コラム 住宅における地震被害軽減に向けた取り組み
 地震大国のわが国では地震は身近な災害であり,住宅内で地震に遭遇する可能性も高いことから,住宅における地震時の安全対策を講じていくことは非常に重要である。
 阪神・淡路大震災の犠牲者の約8割は住宅の倒壊等による圧死であるという事実から住宅の耐震化が重要であることが改めて認識され,これまで行政を中心に住宅の耐震化を推進するべく積極的な取り組みがなされてきたが,実態としての住宅の耐震化はあまり進んでいないのが現状である。ところが,東海地震などを想定した場合には,その地震対策に掛けられる時間は限られており,住宅の耐震化が進まない場合には,防災ベッドの導入や住宅内における家具の固定の徹底など住宅内における安全確保の幅広い取り組み,地震時の避難・救助を行いやすくする工夫を普段から行っていく必要がある。
 しかしながら,これまで,住宅の耐震化や耐震化以外の幅広い取り組みにおいて居住者,行政などがそれぞれに担うべき役割,個別の対策の考え方など,住宅における地震被害軽減に向けた取り組みの全体像が示されていなかった。そのため,平成15年10月に内閣府により設置された「住宅における地震被害軽減方策検討委員会」(委員長:坂本功東京大学教授)においてこの全体像についての検討が進められている。同委員会においては,住宅の耐震化がなかなか進まない理由の整理,全ての住宅において当然に行われてもよいと考えられる家具の固定が現実には困難な状況にあるという現状,各地方公共団体における住宅における地震被害軽減に向けた先進的な取り組みの事例などに関しても調査が行われている。今後,これらも踏まえ,耐震診断・耐震改修の推進のための取り組み,家具・家電製品などによる死傷を防ぐための取り組み,大地震時の避難・救助への地域を上げての取り組み等に関し,居住者,行政などがそれぞれに果たすべき役割について示した指針をとりまとめることとしている。

d 震災に強いまちづくり
 阪神・淡路大震災においては,高速道路や鉄道の高架の倒壊,コンテナ埠頭の崩壊など交通基盤に被害が相次ぐとともに,密集市街地における火災延焼,電気・ガス・水道・通信等ライフラインの被害,公園や緑地などのオープンスペースの不足等,現代の都市が地震に対し脆弱であることが露呈した。
 このような脆弱な都市を震災に強い都市へと再生することが急務であり,被災時においてもその機能を維持できるようにするための構造物の耐震化や環状道路・バイパス道路の整備等代替経路の選択が可能な交通ネットワークのリダンダンシーの確保,市街地火災の際延焼遮断帯となるとともに避難地や応急活動拠点にも活用可能な公園や広場などのオープンスペースの確保など,地震災害に対し強いまちづくりを推進することが重要である。
 このような震災に強いまちは,交通基盤が整い,利便性が高く,空間的なゆとりのある緑豊かで快適なまちでもある。
 特に,我が国においては,戦後,都市基盤の整備を伴わないまま人口や産業等の集中による都市化が急速に進展したため,防災上危険な密集市街地が形成されており,20世紀の負の遺産とも言われている。
 このため,「密集市街地における防災街区の整備の促進に関する法律」(平成9年制定,平成15年改正)に基づく防災再開発促進地区の指定や,土地区画整理事業,市街地再開発事業,密集住宅市街地整備促進事業等による面的整備によって,密集市街地の解消に努めているところである。この他,平成9年に都市防災推進事業を(平成14年度から都市防災総合推進事業へと制度移行),平成15年に特定防災街区整備地区制度・防災街区整備事業を創設し,避難地・避難路周辺等の建築物の不燃化等により都市の防災対策を総合的に推進している。
 また,都市公園事業等により都市公園・緑地等の整備を推進しオープンスペースの確保に努めるとともに,被災時の応急対策活動の迅速化・円滑化を図るため,広域防災拠点や地域防災拠点,都市内のオープンスペースが連携した防災空間のネットワーク化を推進している。
e 防災拠点施設の整備の推進
 大規模災害時において,広域的に連携し,応急対策,復旧・復興活動を迅速・円滑に進めるためには,情報収集や指揮,物資の集配機能等を備えた広域的・中核的施設の整備と地域防災拠点や輸送拠点等とのネットワークの形成が必要である。平成11年度に国土庁(当時)・消防庁で行った調査によると,防災センターは全国で428施設が整備されているが,地域的な偏りや各施設間の連携不足等が指摘されている。
 こうした背景を踏まえ,稠密な市街地が連たんする大都市圏における防災安全性の向上を図るため,都市再生プロジェクト第一次決定(平成13年6月)に基づき,東京湾臨海部における基幹的広域防災拠点の整備及び京阪神都市圏における広域防災拠点の適正配置等に関する検討が進められており,また名古屋圏においても広域防災ネットワークの整備・連携に関する検討が進められている (詳細については,4−1(7)「大都市震災対策」参照)
 一方,地域における災害対策活動の拠点となる防災拠点の質的・量的向上を図るため,内閣府において,「地域防災拠点施設整備モデル事業」により優良な防災拠点施設整備の例を示し,広域的な災害にも対応できる施設の整備を推進している。平成8年度の事業創設以来,平成15年度までに東京都目黒区など27か所において施設が完成し,現在,山梨県上野原町等において事業を実施している( 表2−4−8 )。

地域防災拠点施設整備モデル事業実施状況
 また,総務省及び消防庁では,地震等の大規模な災害が発生した場合においても災害対策の拠点となる施設等の安全性を確保し,被害の軽減及び住民の安全を確保できるよう防災機能の向上を図るため,「公共施設等耐震化事業」において地方債及び地方交付税による措置を講じることにより,公共施設等の耐震化の推進を図るとともに,「防災基盤整備事業」等により防災拠点施設の整備を促進している。
 このほか,阪神・淡路大震災において,港湾が緊急物資の海上輸送や仮設住宅用地など,市民生活の復興に大きな役割を果たしたことにかんがみ,国土交通省においては,港湾において多目的な利用が可能なオープンスペース等に防災拠点を新たに整備することとしている。
 また,災害復旧活動の後方支援拠点等となる都市公園の積極的な整備推進を図ることとしているほか,内陸部において河川舟運等を活用した広域避難地,救援活動,資材運搬拠点等のため,道の駅等を活用し,地方公共団体,関係機関等の事業と連携し,総合的に実施することとしている。
f 液状化対策
 我が国における大規模地震では,たびたび地盤の液状化が発生しており,平成12年に発生した鳥取県西部地震や平成15年に発生した十勝沖地震においても,港湾施設等において大きな液状化の被害が見られた。
 液状化に対しては,港湾施設において「港湾施設の液状化防止対策の実施要綱」を基本的な枠組みとして対策を積極的に推進するなど,民間・公共の建築物のほか,道路や港湾,電気・ガス・上下水道・通信網等について,施設の種類ごとにそれぞれ設計・施工指針が定められるなどして,対策の推進が図られている。
 また,内閣府では,平成10年度に地方公共団体等が液状化マップを作成するための方法について解説した「液状化地域ゾーニングマニュアル」を作成し,都道府県等に配布することにより,液状化対策を推進しているところである。
g 津波対策の推進
 津波は,地域特性によって津波の高さや到達時間,被害の形態等が異なるため,地域防災計画等に基づき,地域の特性に応じて,海岸堤防や避難路等の施設整備,津波警報伝達の迅速化による避難の的確な実施等の対策が必要である。
(a)津波予報の発表・伝達の迅速化
 日本近海で発生する地震に対して,気象庁は地震の観測をもとに震源や規模等を推定し,津波の有無を判定して,津波の発生が予想される場合には津波予報を地震観測後3分程度で発表することとしている。津波予報は津波の数値シミュレーション技術を利用した予測に基づき,府県単位程度の66の予報区( 図2−4−6 )に対して,津波の高さ・到達予想時刻が具体的な数値で発表される。

津波予報区
 発表された津波予報は,地上回線や衛星回線を通じて,ただちに地方気象台,測候所等へ伝えられるとともに,気象資料電送網(L−ADESS)や防災情報提供装置,衛星回線を活用して,ただちに受信端末を設置している防災関係機関や報道機関に提供される。また,それぞれの機関から住民,船舶などに伝達される( 図2−4−7 )。

気象業務法に基づく津波予報の法定伝達ルート
 また,海外で発生した地震により発生した大きな津波が日本沿岸まで伝播し,大きな被害を及ぼすことがあるが,日本から遠く離れた太平洋沿岸で発生した大地震に伴う津波に対しては,気象庁は米国海洋大気庁の太平洋津波警報センターと密接な連携を取りながら,我が国沿岸に対する津波の影響を予測し,津波予報を発表している。
(b)総合的な津波対策の推進
 平成11年の津波対策関係省庁連絡会議(国土庁・内閣官房・警察庁・防衛庁・農林水産省・運輸省・海上保安庁・気象庁・郵政省・建設省・消防庁〔省庁名は当時〕)において,国民の防災意識を向上させ,津波災害を軽減させるための重要課題として,
[1]地域に応じた津波防災対策の推進(津波浸水予測図の活用推進)
[2]津波予報伝達の迅速化・確実化の推進
[3]被害情報の早期評価・把握と防災機関の連携強化
を確認し,申し合わせを行った。
 また,平成10年3月に国土庁,農林水産省,水産庁,運輸省,気象庁,建設省及び消防庁(省庁名は当時)が共同して,「地域防災計画における津波対策強化の手引き」を取りまとめ,津波対策強化の基本的考え方,津波に対する防災計画の基本方針及びその策定手順等を示した。
 さらに,府県単位程度の予報区に出される津波予報を効果的に活用し,事前に地域の津波による危険性を把握するためには,津波により浸水すると予測される区域を事前に地図上に表示することが有効であるため,同手引きの別冊として,国土庁,気象庁及び消防庁(省庁名は当時)が共同して,津波浸水予測図( 図2−4−8 )の作成方法等を示す「津波災害予測マニュアル」を平成10年3月に取りまとめた。

津波浸水予測図の例
 内閣府では,津波発生時の的確な初動対応につなげるため,平成11年から海岸地形や海岸施設のデータ整備を進め,平成16年度中の運用開始を目途に,津波予報が出された場合に即座に個々の海岸における浸水範囲や被害の予測ができるように,システムの開発を進めているところである。
 消防庁では平成14年3月に,地方公共団体等が津波避難計画の策定等を行うにあたって留意すべき事項を「津波対策推進マニュアル検討報告書」として取りまとめた。
 海上保安庁では,想定される東海・東南海・南海地震によって引き起こされる津波のシミュレーションを行い,港湾域や沿岸域における津波の動きを把握して,海域における船舶の避難及び救助に必要な情報を載せた津波防災情報図の整備を進めている。この津波防災情報図は,海上保安庁が海域における被害の想定に用いる他,津波対策の基礎資料として活用される。
 内閣府と海岸省庁(農林水産省,水産庁,国土交通省河川局及び港湾局)は,地方自治体によるハザードマップ作成・活用を支援するための諸課題について検討し,平成16年3月に,津波・高潮ハザードマップマニュアルを作成した。
(c)海岸堤防等の整備
 沿岸地域の住家等を津波から守るための海岸堤防(防潮堤),防潮水門,湾口防波堤等の施設が海岸保全施設整備事業等により整備されており,これらを所管する農林水産省,国土交通省により「海岸保全行政事務中央連絡協議会」が設けられ,事業実施等の調整が図られている。
 また,津波等による壊滅的な被害を防止するため,これら水門等の一元的な遠隔操作や地震・津波高等の情報の収集監視を行う施設やシステムの整備を行っている。
(4)東海地震対策
a 東海地震発生の可能性と予知
(a)発生の可能性
 [1] 発生のメカニズム
 駿河トラフ沿いで発生する地震に関しては,1854年に南海トラフ沿いに発生した安政東海地震の際に駿河トラフ沿いの破壊も同時に起こった。しかし,1944年の東南海地震では駿河トラフ沿いが未破壊のままとり残されている。安政東海地震から150年近くが経過していることや,駿河湾周辺の明治以降の地殻歪の蓄積状況を考え合わせると,駿河トラフ沿いに近い将来大規模な地震が発生する可能性が高いと考えられる。この予想される地震が「東海地震」である (地震発生のメカニズムについては,4−1−(1)「地震の発生と被害状況」参照)
 [2] 発生の可能性
 東海地震については,予知体制の整備が図られている。
 現在までの観測結果によると,長期的前兆の重要な指標となると考えられる駿河湾西岸の沈降速度の変化に関しては,内陸部を基準とした御前崎の沈降が近年も依然として続いており,東海地震発生の可能性の高さを引き続き裏付けたものとなっている。
(b)東海地震の予知と警戒宣言前の情報に基づく防災対応
 気象庁では,東海地震の直前予知に有効と考えられる観測データを,地震活動等総合監視システム(EPOS)によりリアルタイムで処理し,総合的に監視を行っている( 図2−4−9 )。

東海地域等における地震常時監視網
 東海地震に係る異常現象を観測した場合,気象庁は「東海地震観測情報」,「東海地震注意情報」,「東海地震予知情報」を発表する。
 東海地震観測情報は,東海地震の前兆現象について直ちに評価できない場合に,東海地震注意情報は東海地震の前兆現象である可能性が高まったと認められた場合に,東海地震予知情報は東海地震が発生するおそれがあると認められた場合に,それぞれ発表される( 図2−4−10 )。

東海地震に関する新しい情報体系
 東海地震観測情報が発表された場合は,この情報が東海地震の観測データの変化やその評価を伝える情報であることから,平常時の活動を継続しつつ,情報の内容に応じて連絡要員職員の確保など必要な対応をとるものとする。
 東海地震注意情報が発表された場合は,この情報が東海地震の前兆現象の可能性が高まったと認められた場合に発表される情報であることに鑑み,防災関係機関は必要な職員の参集や情報連絡体制の確保を行う。政府においては,準備行動等を行う必要があると認める場合,その旨を公表するとともに,官邸対策室の設置や情報先遣チームの派遣,救助・救急・消火部隊や救護班の派遣準備,物資の点検や交通規制に備えた準備等を行う。
 さらに現象が進展した場合,気象庁においては,この異常な観測データが東海地震の前兆であるかどうかを判定するために,気象庁長官の私的諮問機関として地震防災対策強化地域判定会(以下,「判定会」という。)が開催される。
 気象庁長官が内閣総理大臣に報告する地震予知情報に基づき警戒宣言が発せられた場合には,地震災害警戒本部や現地警戒本部を迅速に設置し,各機関の地震防災応急対策等の実施に係る必要な調整を行う。また,救助・救急・消火部隊のうち必要な部隊の強化地域周辺への派遣や,救護班をすぐに派遣できる体制の整備,物資の車両への積み込みや,広域的な交通ルート確保のための必要な交通規制等を行う。
b 大規模地震対策特別措置法の実施状況
(a)法律の目的
 昭和53年6月に成立した(同年12月施行)大規模地震対策特別措置法(以下「大震法」という。)では,事前予知の可能性のある大規模地震について,あらかじめ地震防災対策強化地域(大規模な地震によって著しい被害を受けるおそれがあり,地震防災対策を強化する必要がある地域。以下「強化地域」という。)の指定を行ったうえで,同地域に係る地震観測体制の強化を図るとともに,大規模な地震の予知情報が出された場合の地震防災体制を整備しておき,地震による被害の軽減を図ることを目的としている( 図2−4−11 )。

大規模地震対策特別措置法による主な措置
(b)地震防災対策強化地域における防災対策
[1] 地震防災対策強化地域の指定
 東海地震発生については事前予知の可能性があることから,大震法第3条の規定に基づき,現在,東京都,神奈川県,山梨県,長野県,岐阜県,静岡県,愛知県,三重県の8都県253市町村の区域(平成15年12月現在)が強化地域として指定されている( 図2−4−12 )。

地震防災対策強化地域
 東海地震が発生した場合,強化地域では震度6弱以上の地震動を受ける,あるいは地震に伴い高さ3m以上の津波が地震発生後約20分以内で来襲するおそれがあるなど,著しい被害をもたらす現象が起こると考えられている。
[2] 警戒宣言等の伝達
 強化地域の観測データに異常が発見され,気象庁長官が大規模な地震が発生するおそれがあると認めるときは,気象業務法の規定により地震予知情報を内閣総理大臣に報告し,内閣総理大臣は,地震防災応急対策を実施する緊急の必要があると認めるときは,閣議にかけて,警戒宣言を発することになっている( 図2−4−13 )。

東海地震の警戒宣言まで
[3] 地震防災計画の作成
 強化地域の指定が行われると,地震予知がなされた場合に備えて,事前に地震災害及び二次災害の発生を防止し,災害の拡大を防ぐための具体的な行動計画(地震防災計画)として,国においては地震防災基本計画を,地方公共団体や指定公共機関においては地震防災強化計画を,民間事業所においては地震防災応急計画をそれぞれ作成している。
[4] 地震防災基本計画の修正
 平成7年1月に発生した阪神・淡路大震災の教訓等を踏まえ,平成11年7月に地震防災基本計画を修正した。これにより,警戒宣言時の迅速かつ的確な初動対応や東海地震に係る情報を活用した準備的対応などを実施し,また,災害時要援護者に配慮するなど避難対策等を充実することとされた。この修正を踏まえ,地方公共団体においては,地域ごとの実情に応じた車両避難の適否の検討や屋内避難のための対応等の具体化が進められた。さらに,「東海地震対策大綱」 ((4)−e−(a)参照) が決定されたことに伴い,大綱における防災対策を,地震防災基本計画をはじめとする各種防災計画等に反映する必要から,平成15年7月開催の中央防災会議において地震防災基本計画が修正された ((4)−e−(a)参照)
(c)地震対策緊急整備事業の推進
 昭和55年5月に制定された「地震防災対策強化地域における地震対策緊急整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(地震財特法)」では,関係地方公共団体等が実施する地震対策緊急整備事業(地震防災強化計画に基づく地震防災上緊急に整備すべき施設等の整備事業)の一部について国の財政上の特別措置が講じられることとなっている。
 同法では,強化地域の指定があったときは,関係都道府県知事は関係市町村長の意見を聴いたうえで,避難地,避難路,消防用施設等の17施設等の整備に関する地震対策緊急整備事業計画を作成し,内閣総理大臣の同意を受けることとなっている。このうち消防用施設の整備,木造の社会福祉施設の改築,公立の小・中学校の危険校舎の改築・非木造校舎の補強については国庫補助率等の嵩上げが行われている。
 地震対策緊急整備事業計画については,平成12年3月に地震財特法の有効期限が平成17年3月31日まで5年間延長されたことに伴い,平成13年3月に計画の変更がなされたが,平成14年4月の強化地域の拡大に伴い,平成15年4月に更なる計画の変更を行った。(計画総事業費約1兆5,000億円)。
(d)地震防災訓練の実施
 防災週間の主たる行事として,毎年9月1日の「防災の日」を中心に,東海地震を想定し,大震法及び同法に基づく地震防災基本計画に規定する一連の手続,措置等を重点とした総合防災訓練が実施されている。
 また,平成16年1月23日には,前年に策定された東海地震応急対策活動要領 ((4)−e−(c)参照) に基づく図上訓練を実施するなど,現行の防災体制の課題を抽出するとともに,関係機関間の連携を図りながら,より強力に東海地震対策を推進するために地震防災訓練を活用している。
c 東海地震に関する専門調査会
 地震に限らず的確な防災対策を進めるためには,そのターゲットとなる災害現象をより正確に捉えることが不可欠であり,東海地震についてもその例外ではない。
 東海地震については,大震法の成立以来四半世紀が経過し,その間にさまざまな観測データが蓄積され( 図2−4−14 ),新たな学術的知見等が得られてきていることから,中央防災会議に,地震学や耐震工学の学識経験者16名からなる「東海地震に関する専門調査会」を平成13年3月に設置し,東海地震の想定震源域等について検討を行った。

判定会発足当時(上:1978年)と最近(下:2002年)の震央分布図,断面図
 その結果,想定震源域については,プレート形状の詳細な把握,プレート同士が固く貼り付いている部分の解明,GPSによる正確なプレート運動の把握等の最近の知見により,その位置や形状がより正確に判明し,同年6月の同専門調査会において,新たな想定震源域の案が示された。また,これをもとに東海地震の発生時に想定される地震のゆれの大きさや津波の高さの分布が検討され,同年12月の中央防災会議に報告された。
 この報告書では,想定される震度6弱以上の区域の分布は,23年前の想定で震度6に相当する市町村を基本として指定されていた地震防災対策強化地域に比べて西側に拡がり,山梨県の北部,長野県中南部のそれぞれ一部地域と愛知県東部が新たに加わっており( 図2−4−15 ),津波についても,千葉県房総半島突端,東京都伊豆諸島の一部,神奈川県湘南海岸の一部,愛知県東部太平洋岸等,三重県志摩半島等まで,広域に高い波が伝わることが予想される( 図2−4−16 )ことから,今後,速やかに防災上の観点からの検討を加え,強化地域の見直しを行うのが適当であるとされた。

地震防災対策強化地域検討の基とする想定震度分布
地震防災対策強化地域の検討の基とする海岸における津波高さの分布
d 東海地震対策専門調査会
 平成13年12月18日の中央防災会議において「東海地震に関する専門調査会」の報告を受けた小泉内閣総理大臣から,大震法に基づく強化地域の指定についての諮問があり,これを受け,中央防災会議に,東海地震に係る強化地域指定の見直し及び東海地震対策のあり方についての検討を行う「東海地震対策専門調査会」が設置された。
 専門調査会においては,先の「東海地震に関する専門調査会」の検討結果をもとに,防災上の観点から著しい地震被害が生じるおそれのある地域について,内閣総理大臣から関係都県知事への意見聴取結果を踏まえて審議を行った結果,8都県263市町村の強化地域案がとりまとめられた( 図2−4−12 表2−4−9 )。中央防災会議においては,専門調査会報告を了承し,内閣総理大臣への答申がなされ,これを受け,内閣総理大臣は平成14年4月24日に強化地域の指定を行った。

地震防災対策強化地域
東海地震に係る地震防災対策強化地域市町村一覧
 また,専門調査会では,東海地震対策の検討の基礎とするため,東海地震に係る新たな想定震源域に基づく被害について検討を行い,平成15年3月18日にその結果を中央防災会議に報告した( 表2−4−10 )。これによると阪神・淡路大震災を超える大被害が広域に発生することが想定され( 図2−4−15 図2−4−16 図2−4−17 ),広域の防災体制の確立等の対策を早急に講じる必要がある。専門調査会においては,この被害想定結果も踏まえ,東海地震対策全般について,そのあり方に関する審議結果を平成15年5月の中央防災会議に報告した。

東海地震に係る被害想定結果
地震防災対策強化地域検討の基とする想定震度分布
地震防災対策強化地域の検討の基とする海岸における津波高さの分布
東海地震による建物被害の分布
e 東海地震対策の見直し
(a)東海地震対策大綱の策定
 「東海地震対策専門調査会」における実践的,実効的な東海地震対策のあり方の審議をもとに,平成15年5月の中央防災会議で,東海地震に係る予防対策から災害発生後の対応まで含めた全体のマスタープランとして「東海地震対策大綱」が決定された。
 その主な内容は,大きく分類して以下のとおりである( 表2−4−11 )。

東海地震対策大綱の内容等
 東海地震対策大綱の策定後は,地震防災基本計画をはじめとする各種防災計画の修正を行うこととなる。
(主な項目)
 [1] 被害軽減のための緊急耐震化対策等の実施
 [2] 地域における災害対応力の強化
 [3] 警戒宣言前からの的確な対応
 [4] 災害発生時の広域的体制の確立
(b)東海地震緊急対策方針の閣議決定
 大綱に規定された対策のうち,特に,人命に密接に関連する耐震化等の対策を進めるため,平成15年7月に「東海地震緊急対策方針」を閣議決定した。この緊急対策方針では,例えば,「災害時の拠点となる学校,病院,市役所等の公共建築物の耐震診断を平成17年度を目途に実施する」など,東海地震対策の中で特に緊急に実施すべき内容について,実施主体と期限を明確化して,取り組みを強化することとした。
(c)地震防災基本計画の修正
 「東海地震対策大綱」が決定されたことに伴い,大綱における防災対策を,地震防災基本計画をはじめとする各種防災計画等に反映する必要から,平成15年7月開催の中央防災会議において「東海地震の地震防災対策強化地域に係る地震防災基本計画」が修正された。この見直しでは,警戒宣言前の異常データ時の情報について整理し,この情報に対する防災対応を明確化した。また,警戒宣言時の防災対応については,震度分布や津波の高さを踏まえたきめ細かな対応を可能とすることや,帰宅困難者への対応を定めるなど,より実践的な対応へと見直しを行った。( 表2−4−10

東海地震に係る被害想定結果
 今回の地震防災基本計画の修正を踏まえ,国,地方公共団体,指定公共機関及び民間事業者の防災計画が修正されることとなる。
(d)東海地震応急対策活動要領の策定
 東海地震大綱や緊急対策方針を踏まえ,東海地震に係る警戒宣言前から発災後の広域の応急対策活動を的確に実施するため,防災関係機関がとるべき行動内容について規定した「東海地震応急対策活動要領」が,平成15年12月の中央防災会議で決定された。( 表2−4−12

東海地震応急対策活動要領
(主な内容)
 [1] 東海地震注意情報が発表された際の対処
 ・東海地震注意情報が発表された場合,政府は関係省庁幹部による緊急参集チーム協議・関係閣僚協議等により準備行動の開始の必要性を確認する。
 ・内閣府等は情報先遣チームを静岡県に派遣する。
 ・救助・救急・消火部隊及び医療チームは,直ちに出発できるよう派遣準備を開始する。
 ・被災地への物資供給活動について,政府は,自治体の備蓄量の把握や民間からの調達可能量等の調査を行う。
 [2] 警戒宣言時の対処
 ・静岡県に現地警戒本部を設置する。現地警戒本部の管轄区域は,強化地域の区域とする。
 ・救助・救急・消火部隊のうち必要な部隊は,強化地域周辺部へ前進する。
 ・政府は非被災都道府県に対し,必要物資の車両への積み込みなど搬送準備を始めるよう依頼する。
 [3] 災害発生時の対処
 ・現地対策本部を設置する。設置場所は,原則として静岡県とする。現地対策本部の管轄区域は,強化地域内とする。
 ・東海地震発生時に,救助・救急・消火部隊,医療チームや物資等が各地でどれだけ必要かを,被害想定から算出し,政府の応急体制を事前に計画する。
 ※本要領をもとに,各部隊の具体的な派遣計画を平成16年6月までに策定。
(5)東南海・南海地震対策
a 東南海・南海地震
 東南海・南海地震とは,遠州灘西部から紀伊半島沖を経て土佐湾までの地域及びその周辺地域の南海トラフ沿いで,フィリピン海プレートが陸側のプレートに潜り込み,プレートの沈み込みに伴う陸側のプレートの変形が限界に達したとき,元に戻ろうとして急激に運動する際に発生する海溝型地震である。歴史的に見て100〜150年間隔でマグニチュード8程度の地震が発生し,最近では昭和19年及び21年にそれぞれ発生していることから,今世紀前半にも発生するおそれがあるとされている。
b 東南海,南海地震等に関する専門調査会
 中部圏,近畿圏における大都市震災対策を含め,東南海・南海地震対策の速やかな確立等を図るため,平成13年6月28日に開催された中央防災会議において「東南海,南海地震等に関する専門調査会」の設置が決定された。
 同調査会は平成13年10月3日に第1回が開催されて以降,平成15年12月までに16回審議が行われ,学術的知見を踏まえて東南海・南海地震の震源域等について検討を進め,東南海・南海地震が発生した場合の地震の揺れの強さ( 図2−4−18 ),津波の高さ分布( 図2−4−19 )等から,地震による揺れや津波,火災等による人的被害や建物被害,経済被害等の被害想定をとりまとめ,公表した(平成15年9月17日)( 図2−4−20 表2−4−13 )。これにより東海から九州の震源域に近い太平洋沿岸を中心に,地震の揺れや津波により広域かつ甚大な被害になると予想されることがわかった。さらに,これらを踏まえた東南海・南海地震防災対策について検討を行い,平成15年12月16日に東南海・南海地震の検討に係る報告「東南海,南海地震に関する報告」をとりまとめた。

東南海・南海地震タイプの強震動計算による震度分布
東南海・南海地震 海岸の津波の高さ(満潮時)
東南海・南海地震による建物被害の分布(揺れ,液状化,津波,火災,斜面)
東南海・南海地震(同時に発生した場合)に係る被害想定結果
c 「東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」の施行
 東南海・南海地震では,地震による強い揺れや津波により,極めて広域で甚大な被害が予想されることから,今のうちから計画的かつ着実に事前の防災対策を進める必要があるとして,議員立法により平成14年7月に「東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」が制定され,平成15年7月25日に施行された。
 同法においては,東南海・南海地震で著しい被害が予想される地域を「東南海・南海地震防災対策推進地域」として指定し,津波からの避難対策も含め必要な防災対策に関する計画を策定するとともに,観測施設等を含めた地震防災上緊急に整備すべき施設の整備等について規定している。また,観測施設等の整備や科学技術水準が向上することにより,東南海・南海地震の予知体制が確立された場合には,東海地震と同様に大規模地震対策特別措置法を適用することとされている( 図2−4−21 )。

東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法について
d 東南海・南海地震防災対策推進地域の指定
 同法が施行されたことを受けて,同法の規定に基づき,平成15年7月28日に内閣総理大臣は東南海・南海地震防災対策推進地域(以下,「推進地域」という。)の指定について中央防災会議に諮問した。これを受け,専門調査会では推進地域指定の基準について検討が行われ,地震の揺れについては建物の全壊が生じるとされる「震度6弱以上」,津波についても同様に「陸上での浸水深2メートル以上(海岸での津波高3メートル以上)」で「堤防で防げる地域を除く」地域とし,この他,市町村が連携して防災体制をとる必要がある地域についても,防災体制の観点から基準に含めることとした。
 この基準に1都2府18県497市町村(平成15年9月17日現在)が該当したことから,内閣総理大臣はこれを踏まえ,関係21都府県に(関係都府県は関係市町村に)意見照会を行った。この結果,過去の東南海・南海地震での被害が残る地域や,潜在的に地震の揺れや津波により被害を受けるおそれのある地域,広域消防など連携して防災対策を実施している地域,159市町村について追加の要望があり,埋め立てや護岸工事の完了により浸水の危険性が低下した1市について基準外であることが判明した。最終的に1都2府18県652市町村を推進地域とする案がとりまとめられ,平成15年12月16日に中央防災会議から内閣総理大臣に答申された。翌17日に内閣総理大臣は答申どおりの範囲からなる地域を推進地域として指定した( 図2−4−22 表2−4−14 )。

東南海・南海地震防災対策推進地域
東南海・南海地震防災対策推進地域市町村一覧
e 東南海・南海地震対策大綱
 同専門調査会の「東南海,南海地震に関する報告」を受けて,中央防災会議は,推進地域外も含め全国的な視野から総合的な東南海・南海地震対策を実施するための「予防対策から発災時の応急対策,復旧・復興対策までを視野に入れたマスタープラン」としての「東南海・南海地震対策大綱」を平成15年12月に決定した。
 専門調査会での検討に加えて東南海・南海地震の特徴を踏まえ,大綱では,(a)津波防災体制の確立,(b)広域防災体制の確立,(c)計画的かつ早急な予防対策の推進,(d)東南海,南海地震の時間差発生による災害拡大の防止等のポイントから対策をとりまとめた。各ポイントの概要は以下のとおり。
(a)津波防災体制の確立
 東南海・南海地震では,東海から九州にかけての太平洋沿岸を中心に大きな津波の来襲が予想され,津波により広域かつ甚大な被害が予想されるが,海岸堤防や河川堤防などが整備され,住民が津波から適切に避難することで被害は大幅に軽減する。このため,地震時に機能を発揮するため早急に既存の津波防災施設の耐震点検や補強を行うとともに,必要な施設の整備を今のうちから計画的かつ着実に進める。水門などについては閉鎖の作業を迅速かつ確実に行うため,自動化や遠隔操作化を進める。地震発生数分後に大きな津波が到達する地区や就寝中に津波が来襲した場合等における迅速な避難に資するため,緊急地震速報の実用化を進め,津波警報等の発表の迅速化を図る。また,住民の津波避難に関する正確な知識を普及し,津波避難地や避難路を整備することで,住民の的確な津波避難を図る。この他,津波避難困難地域における津波避難ビルの活用を進める。
(b)広域防災体制の確立
 東南海・南海地震では東海から九州にかけての太平洋沿岸を中心に強い揺れや津波によって広域かつ甚大な被害が想定されることから,孤立や応急要員の不足により災害発生直後の被災地域外からの救援活動が期待出来ないことも想定して,自助・共助による地域の防災力を向上しておくことが不可欠である。このため,地震に関する知識を身につけ,日頃から食料や水の備蓄,家具の固定,防災訓練の実施などにより備えておくことが重要である。また,防災リーダーや防災ボランティアの育成を図る。この他,企業の災害対応能力の向上を図り,地域が一体となって防災体制を構築する。
 また,被害想定結果などをもとに,事前に広域災害を想定した体制づくりについて検討を実施する。これにより,地震発生後,被災地からの詳細な情報が入る前に,被害推計結果や専門調査会での被害想定をもとに,迅速に応急要員や物資,資機材の配置計画などを応急対策活動要領として作成する予定である。
(c)計画的かつ早急な予防対策の推進
 住宅や建築物の耐震化,公共施設や主要施設の耐震化を早急に進めることで被害の軽減を図る。また,石油タンクや長大構造物,高層建築物の被害の軽減を目指し,ゆっくりした揺れ(長周期地震動)対策を進めるため,構造物に与える影響などについて調査研究を推進する。この他,地域の孤立防止や円滑な応急活動を実施するため,地震に強い交通ネットワークの整備,崖崩れ対策や液状化対策などを計画的かつ早急に進める。
(d)東南海,南海地震の時間差発生による災害の拡大防止
 東南海,南海地震が時間差発生する場合に,後発地震により甚大な被害を受ける可能性のある地域では,数日間に限って避難を実施するなどの具体的な対策を検討する。強い揺れに2度襲われる可能性や,時間差によっては両方の地震による高い津波が重なって到達するおそれもあることから,先発の地震後早急に建築物の応急危険度判定を実施するなどして,後発の地震による被害を最小限に抑える。また,このような時間差発生に関する調査研究を進めることでより被害の軽減を図る。
 この他にも,復旧・復興対策や,対策を確実に推進するための進捗状況の把握,フォローアップの必要性について規定している。
f 東南海・南海地震防災対策基本計画
 推進地域が指定されたことを受けて,同法の規定に基づき,東南海・南海地震対策大綱を踏まえて,中央防災会議は東南海・南海地震対策の基本的方針等を規定した東南海・南海地震防災対策基本計画(以下,「基本計画」という。)を平成16年3月31日に決定した。
(6)日本海溝・千島海溝周辺の海溝型地震対策
a 日本海溝・千島海溝周辺の海溝型地震
 千葉県東方沖から三陸沖にかけての日本海溝,三陸沖から十勝沖を経て択捉島沖にかけての千島海溝周辺では,太平洋プレートが陸側のプレートの下に沈み込むことに伴って,マグニチュード7や8クラスの大規模地震が数多く発生している。地震のタイプはさまざまで,プレート境界で発生するものやプレート内で発生するもの,揺れが小さいわりに大きな津波を伴うもの,などの地震がある。宮城県沖地震は約40年間隔で発生しており,この他の地震も含めて発生の切迫性が指摘されている。1896年(明治29年)の明治三陸地震では死者約2万2千人,1933年(昭和8年)昭和三陸地震では死者・行方不明者約3千人など,津波により甚大な被害となっている。
 また,平成15年9月26日には十勝沖地震が発生し,津波は4メートルの高さにまで達した。この地震では,行方不明者2名となっている。
b 「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」の制定
 日本海溝・千島海溝周辺で発生する大規模海溝型地震に関し,その地震災害,特に津波災害については,広い地域において甚大な被害が予想されることから,一層の防災対策を進める必要があるとして,議員立法により平成16年4月に「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」が公布された。
 同法においては,日本海溝・千島海溝周辺で発生する海溝型地震による地震災害を防ぐため,著しい被害が生ずるおそれのある地域(地震防災対策推進地域)を指定し,津波からの避難対策も含め必要な防災対策に関する計画を策定するとともに,観測施設等の整備や科学技術水準が向上することにより,当該地域における海溝型地震の予知体制が確立した場合には,東海地震と同様に大規模地震対策特別措置法を適用することとされている。
 なお,中央防災会議「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」(後述)において今後,防災対策が検討される予定であり,その検討結果を踏まえ,法施行後速やかに地震防災対策推進地域の指定を行うとともに,日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進基本計画(基本計画)を作成することとなる。さらに,基本計画を基本として,指定行政機関・指定公共機関・地方公共団体等が日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進計画(推進計画)を作成し,また,基本計画及び推進計画に矛盾・抵触しないように民間事業者等が日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策計画(対策計画)を作成することとされている。加えて,国は,観測・測量施設等の整備に努める一方,国及び地方公共団体は地震防災施設等の整備等に努めることとされており,特に積雪寒冷地域において地震防災施設等の整備等を行うに当たっては,積雪寒冷地域における地震防災上必要な機能が確保されるよう配慮されなければならないこととされている。
c 日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会
 日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震対策を検討するため,平成15年7月28日に開催された中央防災会議において「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」の設置が決定された。
 同調査会では,防災対策の検討対象とすべき日本海溝・千島海溝周辺で発生する海溝型地震の地震像を明らかにし,地震による揺れの強さや津波の高さ,これらによる被害想定を実施し,想定結果をふまえ防災対策の検討を実施することとしている。平成17年秋を目途に検討結果についての報告をとりまとめる予定である。
(7)大都市震災対策
a 大都市震災対策の必要性
 我が国の大都市地域は,地震による揺れが大きい沖積平野に人口や諸機能が集積しているため,その直下又は周辺で大規模な地震が発生した場合には,極めて大きな被害が発生するおそれがある。それゆえ,大都市における大規模震災特有の課題に対応した震災対策を推進するとともに,特に,我が国の大都市直下を襲った戦後初めての大規模地震である阪神・淡路大震災のさまざまな教訓を活かしていく必要がある。
b 南関東地域における地震対策
(a)南関東地域直下の地震の切迫性
 昭和63年6月,中央防災会議「地震防災対策強化地域指定専門委員会」においては,大正12年(1923年)の関東大地震タイプの海溝型巨大地震が相模トラフ沿いで発生する可能性は100年から200年先とされる一方で,南関東地域直下における地震の発生についてはある程度の切迫性を有していることが報告されている。さらに,平成4年8月の同専門委員会報告においては,特に重点的に地震防災対策を講じる必要のある震度6相当以上になる可能性のある地域の範囲( 図2−4−23 )は1都6県にわたることが明らかにされている。

南関東直下の地震により著しい被害を生じるおそれのある震度6相当以上になると推定される地域の範囲(大綱の対象地域)
 また,この2つの報告により,直下の地震は,現状ではその予知は非常に難しいこと,想定される震源域を一つに特定することができないことなどの特徴を有していることが明らかにされている( 表2−4−15 )。

南関東地域における地震発生の切迫性について
(b)取り組みの経緯
 南関東地域においては,地震の規模や震源地によっては,震災時に多数の人命,財産の損失を招く危険が大きく,さらに,都市機能の阻害等による二次的な影響が国民生活や経済の混乱となって被災地域を越えて著しく広域に波及するおそれがあるなど,都市型の地震災害が発生・拡大するおそれがある。
 このため,南関東地域における震災対策としては,防災基本計画(震災対策編)や防災業務計画,地域防災計画(震災対策編)等に基づき各般の対策を講じているほか,中央防災会議において,国,関係地方公共団体,関係指定公共機関等が一体となって緊密な連携のもとに講じるべき対策を決定し,その具体化及び推進を図っており,応急対策については,昭和63年12月に「南関東地域震災応急対策活動要領」を,応急対策以外の施策も含む広範な震災対策について,平成4年8月に「南関東地域直下の地震対策に関する大綱」をそれぞれ決定した。
 また,阪神・淡路大震災の教訓とその後の新たな施策の進展や,平成10年1月に中央防災会議に設置され,平成10年6月にとりまとめが行われた「大都市震災対策専門調査会」提言で指摘された関係機関の実践的連携の一層の推進を図るため,平成10年6月に「南関東地域直下の地震対策に関する大綱」及び「南関東地域震災応急対策活動要領」をそれぞれ改訂した。
(c)アクションプランの作成
 応急対策の具体化を推進するために,大規模震災時の医療と搬送について検討を行い,平成10年8月に中央防災会議主事会議において,「南関東地域の大規模震災時における広域医療搬送活動アクションプラン第1次申し合わせ」を行った。
(d)首都直下地震対策専門調査会の設置
 この切迫性の指摘されるマグニチュード7級の首都直下地震( 図2−4−24 )について,平成4年までの検討以降,観測データが蓄積されてきたことや,新たな学術的知見が得られてきたこと,また,今日,国際社会における我が国の経済社会面での役割が増大し,国の中枢管理機能が首都地域へ集中するとともに,コミュニティの衰退等社会経済情勢がめまぐるしく変化してきたことを踏まえ,首都機能の確保対策を強化すべく,平成15年9月に中央防災会議「首都直下地震対策専門調査会」が設置された。同専門調査会では,切迫性が指摘されている首都直下地震の「地震像」の明確化を図るとともに,今日的な社会経済状況を踏まえた被害想定や経済評価,首都機能確保対策等を検討し,首都地域の防災体制の総点検及び防災体制の確立を行う予定である。

首都直下地震の切迫性
(e)東京湾臨海部における基幹的広域防災拠点の整備等
 都市再生本部による都市再生プロジェクト第一次決定(平成13年6月)において,「東京圏において大規模かつ広域的な災害が発生した際,広域的な救助活動や全国や世界からの物資等の支援の受け入れといった災害対策活動の核となる現地対策本部機能を確保するため,水上輸送等と連携した基幹的広域防災拠点を東京湾臨海部に整備する」こととされた。
 これを受け,平成13年7月に関係省庁及び関係都県市による「首都圏広域防災拠点整備協議会」が設置され,協議が進められている。
 平成14年7月には,協議会において具体的な整備箇所や整備手法等が決定され,有明の丘地区(東京都江東区)及び東扇島地区(神奈川県川崎市川崎区)において,平成14年度より整備に着手した( 図2−4−25 図2−4−26 )。

基幹的広域防災拠点整備のイメージ
東京湾臨海部における基幹的広域防災拠点整備箇所位置図
 また,平成16年1月には,両地区において整備するオープンスペース等の災害時における機能や面積等に関する基本的な考え方を定めた「東京湾臨海部基幹的広域防災拠点整備基本計画」が決定された。
 今後,早期供用開始に向けた具体的な調整を行うとともに,合同現地対策本部の実践的運用計画,基幹的広域防災拠点を中核とした広域防災ネットワークの整備・連携等について具体的な検討・調整を図り,被災時の首都圏全体の運用体制等を整備して首都圏の広域防災体制を確立することとしている。
c 中部圏,近畿圏における地震対策の検討
(a)「東南海,南海地震等に関する専門調査会」における検討
 平成10年に中央防災会議「大都市震災対策専門委員会」よりなされた提言を受けて,南関東地域については同年に「南関東地域直下の地震対策に関する大綱」等が中央防災会議で決定されている。中部圏,近畿圏についても,東南海,南海地震のほか,内陸の活断層による地震に対する対策も含め,速やかに防災対策の確立を図る必要があることから,平成13年6月28日に開催された中央防災会議において「東南海,南海地震等に関する専門調査会」の設置が決定され,この中で検討を行っている。
 現在,同調査会において,中部圏及び近畿圏の地震防災の対象とすべき地震,それにより想定される被害,地震防災対策のあり方について検討し,これらの地域における抜本的な防災対策計画を確立することとしており,このうち東南海・南海地震については,平成15年12月に同調査会から報告された検討結果を踏まえて,中央防災会議において東南海・南海地震対策大綱が決定された。
(b)京阪神都市圏における広域防災拠点の整備等に関する検討
 都市再生本部による都市再生プロジェクト第一次決定において,京阪神都市圏においても基幹的広域防災拠点の必要性も含め,広域防災拠点の適正配置を検討することとされた。
 これを受け,有識者,関係省庁と関係府県市による「京阪神都市圏広域防災拠点整備検討委員会」を設置し,基幹的広域防災拠点の必要性,広域防災拠点の適正配置等を含めた広域防災ネットワークの形成について検討を進め,平成15年6月,「京阪神都市圏広域防災拠点整備基本構想」を策定した。
 基本構想の概要は以下のとおりである。
 ○我が国第2の大都市圏であり,府県境を越えて稠密な市街地が連たんする京阪神都市圏においては,大規模災害に対して府県境を越えた広域的な災害対策活動を行うための広域防災拠点等が必要であり,特に,災害対策活動の核となる機能を併せ持つ基幹的広域防災拠点の整備が不可欠。
 ○広域防災拠点及び基幹的広域防災拠点の配置ゾーンを提示( 図2−4−27 図2−4−28 )。

京阪神都市圏の広域防災拠点配置ゾーン図
京阪神都市圏の基幹的広域防災拠点配置ゾーン図
 ○広域防災拠点等の整備に加え,広域交通ネットワークの形成及び広域的・安定的な水供給体制の確保による広域防災ネットワークの形成が重要。
 今後,基幹的広域防災拠点の整備については,整備の実現可能性の観点から基本構想における配置ゾーン周辺の土地利用,面整備事業の動向等を見据えつつ,具体的な整備に向けての検討を行うこととしている。
(c)名古屋圏における広域防災ネットワーク整備・連携方策の検討
 稠密な市街地が連たんしている名古屋圏において,広域あるいは甚大な災害が発生した場合,国・地方公共団体等が連携・協力して広域的な災害対策活動を行う必要がある。
 このため,有識者,関係省庁と関係県市等による「名古屋圏広域防災ネットワーク整備・連携方策検討委員会」を設置し,名古屋圏における中核的な広域防災拠点の必要性・広域防災拠点の適正配置等を含む広域防災ネットワークの整備・連携に向けた検討を行っているところである。
(8)総合防災情報システムの整備
a 地震防災情報システムの整備
(a)システムの概要
 阪神・淡路大震災に際しては,発災時における応急対策活動を円滑に行うための課題として,特に被災地の状況を迅速に把握するとともに,情報を統合化し,総合的な意志決定を行うことの重要性が改めて指摘された。
 内閣府ではこうした経験にかんがみ,様々な防災情報を地理情報システム(GIS)を活用してコンピュータ上の数値地図と関連づけて管理し,事前対策,応急対策及び復旧・復興対策の各段階における防災活動を支援する「地震防災情報システム(DIS:Disaster Information Systems)」の整備を進めている( 図2−4−29 )。

地震防災情報システム(DIS)の概要
 DISは,あらかじめデータベースに登録されている地形や地盤状況,道路・鉄道などの社会基盤施設,行政機関,防災施設などに関する情報と様々な被害情報をシステム上で重ね合わせることで,震災対策に求められる各種の分析や発災後の被害情報の管理を行うものである。DISの防災情報データベースに登録されている防災情報の例としては,次に掲げるようなものがある( 表2−4−16 )。

地震防災情報システム(DIS)データベースに登録されている情報の例
 また,DISの機能を活用することにより,事前対策,応急対策,復旧・復興の各段階に応じて,[1]地震発生時の被害の想定の実施や被害想定に基づいた地震に強いまちづくり計画の作成等の支援,[2]地震発生後に送られてくる震度情報に基づく被害推計による被害規模のおおまかな把握や被災地の被害情報に基づいた緊急輸送,救助・医療,避難,ライフライン,ボランティアなどの各種応急対策計画の策定の支援,[3]公共施設や輸送機関などの復旧・復興に有用な情報の提供や復旧・復興計画の進捗状況の適切な管理等が可能となり,情報の統合的な活用による各種震災対策の充実が可能となる。
 さらに,総理官邸をはじめとする関係省庁にDIS端末を設置して,関係機関における防災情報の共有化を支援するほか,ライフライン業者など防災関係機関とのオンライン化によりライフライン施設の運転情報などの被害状況を早期に把握できるように努めている。
 DISは主に地震被害早期評価システム(EES),応急対策支援システム(EMS)等から構成されている。
(b)地震被害早期評価システム
 DISを構成するシステムのうち,地震発生直後に被害のおおまかな規模を把握するための「地震被害早期評価システム(EES:Early Estimation System)」については,平成8年4月から稼動している( 図2−4−30 )。

地震被害早期評価システム(EES)
 このシステムは,地震災害の規模が大きいほど緊急かつ大規模な対応が必要となる一方で,その判断に必要な情報が時間的にも量的にも極めて限られたものとなるという問題を解消するため,地震による被害規模の概要を発生から30分以内に推計し,国の迅速かつ的確な初動対応のための判断材料として提供するものである。
 本システムは震度4以上の地震が発生した際に起動し,地震発生直後に気象庁から送られてくる震度情報と,あらかじめデータベースに登録された,全国の各市区町村ごとの地盤,建築物(築年・構造別),人口(時間帯別)等のデータに基づいて,建築物全壊棟数と建築物の全壊に伴う死傷数という人的被害の概要を推計するものである。
 また,平成11年度から気象庁が津波の高さを数値化した新しい津波予報を発表したことに対応して,個々の海岸における津波浸水域を予測するシステムを整備し,運用している。
 なお,平成12年に発生し,阪神・淡路大震災後初めて震度6強を観測した鳥取県西部地震,平成13年に発生した芸予地震等の経験を踏まえ,推計の精度向上を行っている。
(c)応急対策支援システム
 「応急対策支援システム(EMS:Emergency Measures Support System)」は,あらかじめ防災情報データベースに蓄積された情報と,発災後に防災関係機関から提供される実際の被害情報や応急対策の状況等に関する情報を,GISを用いて集約・整理し,関係省庁間で共有することにより,各種応急対策活動を支援するものである。このうち,広域医療搬送活動については,「南関東地域の大規模震災時における広域医療搬送活動アクションプラン」に対応した機能の整備を行い,平成11年度から稼動している。
 また,平成14年度には,東京電力や東京ガスといったライフライン業者より停電情報,ガス供給停止情報といった被害情報をオンラインで受信する機能を追加した。
 b 人工衛星等を活用した被害早期把握システムの整備
 宇宙開発分野の防災への活用方策として,人工衛星のリモートセンシング技術を活用した被害早期把握システムの構築を図っており,これにより,交通寸断や情報網の途絶による情報空白が改善されることとなる。具体的には,災害前後の衛星画像の違いを検出し,面的な被害分布等の把握を行う( 図2−4−31 )。

衛星による被災地撮影の例(2003年トルコ地震)


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