以上のように,発生の切迫性が懸念されている大規模地震への対策については,事前の段階で講ずるべき減災・被害軽減対策がある程度明確であるにもかかわらず,これまでのところ,必ずしも十分に進捗しているとは言えない状況にある。
3 成果重視の防災行政へ向けて
(1)実効性ある防災対策
この理由として,防災関係予算に限りがあり,これらの対策に必ずしも十分な予算配分ができないこと,公共事業としての施設整備と異なり,個人住宅の耐震化等,行政活動のみでは実現できない対策が多く含まれていること,また,多くの対策が,実際に地震が発生しないと効果が検証できず,実際に大規模地震が発生することは極めて稀であることから,対策の有効性について十分な理解が得られていないこと等が指摘されている。
こうした防災対策を実効性あるものとしていくため,最近の行政改革の基本的理念とされている「成果重視の行政運営」の考え方を,防災の分野に,より明確かつ積極的に取り入れていくことが考えられる。
「成果重視の行政運営」は,これまでの行政管理がともすれば事前手続や予算管理のみを過度に重視してきた結果,目的達成のために効果的な仕事への資源配分が必ずしも十分になされてこなかったのではないか,との考えにより,今後は,業務の目標を明確にし,より良い成果をあげるために努力する,という仕事の仕方を基本とするべき,というものである(総務省「新たな行政マネージメント研究会報告書」(平成14年5月)等による)。
また,目標達成のためには行政だけではなく,幅広く社会の構成員による取り組みも求められる場合が多いため,政策目標を明示し,それを社会全体で共有することが重要であるということは1990年代以降,欧米における行政改革の基本的な考え方となってきたところである。
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(2)具体的目標設定の事例
[1] 米国のFEMA
米国連邦政府では,1993年に制定された「政府業績評価法」(GPRA:Government Performance & Results Act of 1993)に基づき,各省庁ごとに政策目標を設定して,定期的にその達成度合いを測定する業績測定が実施されている。これに従い,各省庁は,向こう5年程度を視野に入れた省全体の戦略を定める「戦略計画」(Strategic Plan)を作成し,各省庁が取り組むべき使命(Mission)を明示するとともに,達成すべき戦略目標(Strategic Goals)を設定している。さらに,この戦略計画を基に,年度毎の「業績計画」(Performance Plan)を作成して,その中で戦略目標の達成に向けた数値目標である業績目標(Performance Goals)を明示している。その上で,各年度が終了すると,業績指標を用いて実績が測定され,年度内の業績目標を達成したか,戦略目的の達成に向けての推移が良い傾向にあるかなどが評価され,公表されている。
例えば,「国土安全保障省」(DHS:Department of Homeland Security)や「連邦危機管理庁」(FEMA:Federal Emergency Management Agency)の計画においては,次のような具体的な目標を掲げている。
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[2] 地方公共団体
こうした政策目標設定,戦略策定については,我が国では地方公共団体において先行的な取り組みがみられる。
例えば,静岡県では,防災行政に関し,「大規模な地震による災害から県民の生命,身体及び財産を保護するため,被害をできる限り軽減する「減災」をめざします。」とした上で,
●「東海地震の死者数」を予想される死者数2,600人(第2次県地震被害想定,予知なし)から,東海地震対策アクションプログラム2001の着実な実施により,平成22年度までに大幅に減少させる
ことを目標としている。また,「木造住宅の耐震診断の実施」という指標については,平成13年度実績23.2%を,平成17年度には100%にすることを目標としている。
また,東京都の「東京構想2000」(平成12年12月)では,
●早急に整備すべき市街地(不燃領域率(※)40%未満の面積)を5,800ha(1996)から2015年度にはゼロにする
ことが目標としてあげられている。
※不燃領域率:市街地の「燃えにくさ」を表す指標。建物の不燃化率や防災性の向上に役立つ道路,公園などの整備状況から算出する。不燃領域率が40%以上に達すると,市街地の焼失率は急激に低下する(「東京構想2000」による)。
また,岐阜県では,部局長が具体的目標を「公約」として明示する「スーパー・マニフェスト」を導入している。このうち,「防災監のスーパー・マニフェスト」をみると,
●東海地震の切迫性等に鑑み,2002年から2005年(平成17年)までを「厳重警戒期間」と位置づけ,「死者を出さない,増やさない」をキーワードに,全庁的な体制で,市町村と連携して地震対策の総点検を行い,積極的に施策を進めます。
[3] 国の府省
各府省が連携して施策を実施するために,近年では,計画等において,共通の目標を明示するケースが見られる。
例えば,「第7次交通安全基本計画」(平成13年3月中央交通安全対策会議決定)の目標(平成17年までに交通事故死者数を8,466人以下とする)は計画期間の2年度目(平成14年)で達成(死者数8,326人)され,平成15年1月の小泉内閣総理大臣(中央交通安全対策会議会長)の談話や施政方針演説において,
●交通事故死者数を10年間で5千人以下にする
ことが目標とされている。また,「新総合物流施策大綱」(平成13年7月閣議決定)では,各輸送モード間を相互に連結するアクセス道路と結節点施設の整備を進めることで,
●21世紀初頭までに自動車専用道路等のICから10分以内に到達可能となる主要な空港及び港湾の割合を約9割にする
ことを目標としている。
また,社会資本整備重点計画法に基づき策定された「社会資本整備重点計画」(平成15年10月閣議決定)では,以下のような目標が提示されている。
●洪水による氾濫から守られる区域の割合【約58%(H14)→約62%(H19)】
●多数の者が利用する一定の建築物及び住宅の耐震化率【建築物 15%(H13)→約2割(H19),住宅 H19に約65%】
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なお,平成14年度から施行されている「行政機関が行う政策の評価に関する法律」に基づき,多くの府省において,主要な施策の目的,指標,数値目標等が明らかにされている。
このように,目的・目標を明らかにして,仕事の成果が見える行政,成果重視の行政を推進する考え方は,「ニュー・パブリックマネジメント(NPM)」とよばれている。
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(3)大規模地震に対する防災行政の戦略を
1,2で述べたとおり,大規模地震対策は,政府の関係府省,地方公共団体,民間企業,NPO,市民の1人ひとりに至るまで,社会全体で取り組まなければならない緊急課題である。行政も民間も,各種施策に振り向けることができる資源が有限である中,今後は,様々な状況に応じて必要な施策を網羅的に記載する防災計画等に加えて,当面緊急に取り組むべき課題と目標を特定し,それを関係機関,社会全体で共有することが必要となるものと考えられる。これは,上記(1)(2)でみた成果重視の行政運営へ向けた流れとも一致するものである。また,そもそも組織として目標を明示することは,施策の継続性を確保する上でも,重要なことである。
中央防災会議では,限られた財源を有効に活用し,効率的・効果的に事業を実施するため,平成15年7月,中央防災会議で「平成16年度における防災対策の重点」を作成し,関係機関の災害対策の取組み方針を定めたところである。今後ともこうした取り組みを進めるほか,特に緊急の課題である大規模地震対策に関して,毎年の「防災対策の重点」の前提となるような戦略的指針を示し,各種施策をよりメリハリのある形で重点的に実施することが望ましいと考えられる。
例えば,大規模地震災害による人的被害,経済被害の軽減について,「今後○年間で半減する」というような具体的目標を定め,それを共有化するとともに,各種投資と減災効果の把握に関する手法の確立を図り,達成状況をモニタリングすること,また,目標実現のために,甚大な被害が想定される地域に係る対策を優先的に実施する等,具体の対策についても「選択と集中」による重点化を図ることで,より効果的,実効性のある防災対策が実施できるのではないかと考えられる。
こうした新たな取り組みは,諸外国の我が国に対する信頼性にも影響を与え得るものであり,今後,特に甚大な被害が想定される大規模地震対策に関し,明確な減災目標を提示することは意味のあることだと考える。また,それは被害想定を公表したことに伴う責務でもある。
今後,関係府省間で検討を開始し,平成16年度中に結論を得ることとしたい。
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