2 大規模地震対策



2 大規模地震対策

(1)取り組みの経緯

 [1] 東海地震に対しては,発生の予知を前提とした「大規模地震対策特別措置法」を制定し,観測体制の強化や警戒宣言時の対応を規定したほか,「地震財特法」による強化地域における地震防災施設の整備などを行ってきた。また,近年の観測成果の充実や新たな知見に基づき,中央防災会議専門調査会における検討結果を踏まえ,想定震源域の見直し(平成13年6月),及びそれに伴う地震防災対策強化地域の見直し(平成14年4月)を行ったほか,国として初めて東海地震に係る被害想定を公表(平成15年3月)した。こうした新たな動向を踏まえ,予防対策から応急対策,復旧・復興対策までの対策を国として初めて取りまとめた「東海地震対策大綱」を平成15年5月に決定(中央防災会議決定)し,また,平成15年7月の地震防災基本計画の修正(中央防災会議決定)では,東海地震注意情報の発出に伴う準備体制の確立など新たな制度の運用スキームを構築している。さらに,人命に関わる対策を早期に実施するための「東海地震緊急対策方針」が平成15年7月に閣議決定され,その中で耐震化や津波対策等について,目標年次を明示して緊急実施すべきことを決定した。なお,同方針に基づき,平成15年12月には「東海地震応急対策活動要領」を策定(中央防災会議決定)した。
 [2] 東南海・南海地震に対しては,「東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(平成14年7月制定,平成15年7月施行)に基づき,東南海・南海地震により甚大な被害が予想される地域を「東南海・南海地震防災対策推進地域」として平成15年12月に内閣総理大臣が指定し,平成16年3月には「東南海・南海地震防災対策推進基本計画」が中央防災会議で策定された。同計画は,専門調査会での検討を踏まえ平成15年12月に中央防災会議で決定された「東南海・南海地震対策大綱」に沿って作成されている。
 今後は,同計画に基づき防災関係省庁,地方公共団体,NHK等は「東南海・南海地震防災対策推進計画」を,津波による対策を講じる必要のある民間事業者等は「東南海・南海地震防災対策計画」をそれぞれ作成するとともに,東海地震と同様,迅速かつ的確な広域応急活動を実施するため「東南海・南海地震応急対策活動要領」を定める予定である。
 [3] 南関東直下型地震に係る応急対策として,重篤患者の搬送,緊急医療チームの派遣,救急・救助消火部隊の派遣,緊急輸送ルートの確保等に係る事前計画の策定を行うとともに,東海地震及び南関東直下型地震については,総合防災訓練及び図上訓練を定期的に実施し,災害対応力の向上を図っている。
 [4] 日本海溝・千島海溝周辺で発生する海溝型地震及び首都地域,近畿圏・中部圏の直下で発生する地震については,中央防災会議の専門調査会で所要の対策を検討中である。

(2)被害想定

 大規模地震については,想定される被害が次のとおり甚大かつ深刻である( 表1 )のに対して,地震防災施設の整備状況( 表2 表3 )は必ずしも十分ではなく,事前対策を中心として対策を一層加速させ,被害の軽減を図ることが重要である。

大規模地震に係る被害想定と阪神・淡路大震災による被害
小中学校等の耐震化率
同報系防災行政無線の整備状況
 [1] 東海,東南海・南海地震等の海溝型巨大地震(マグニチュード8クラス)
 海溝型巨大地震はそのいくつかが今世紀前半にも発生するおそれがあり,地震発生により広域かつ甚大な被害を与えるものと懸念されている。特に,いつ発生してもおかしくないとされている東海地震の場合,多くの死傷者の発生に加え,関東圏と中京・関西圏とを結ぶ我が国の人流・物流の大動脈を直撃するおそれがあり,交通インフラ,通信インフラの途絶により,我が国全体に大きな経済被害が発生することが懸念される。
 [2] 首都地域,中部圏,近畿圏の大都市直下の地震(マグニチュード7クラス)
 人口や,商業等の各種機能が集積する大都市に被害が発生すると,被害の波及は甚大なものとなる。特に,経済・政治の中枢である首都地域が被災するとその影響は我が国全域に及ぶとともに,世界経済に対しても深刻な影響を与えることが懸念される。
 首都地域については,関東大震災後80年以上が経過し,過去の事例からも,マグニチュード7クラスの直下地震発生が懸念されている。
 (現在,中央防災会議の「首都直下地震対策専門調査会」,「東南海,南海地震等に関する専門調査会」で検討を進めており,順次,定量的な被害想定を実施する予定。特に,首都地域については,これまでの人的・物的被害想定の他,行政,経済等の中枢機能の被害についても検討することとしている。)

(3)減災対策等の重要性

 阪神・淡路大震災では6,000人を超える人が犠牲となったが,要救助者35,000人のうち約8割の27,000人が家族や近隣者により救出されたといわれている( 図2 )。

要救助者の救出方法
 このように,地震災害への対応については,「公助」だけではなく「自助,共助」の果たす役割は極めて大きい。平時から住民,企業,NPO等様々な主体が防災対策に参画し,自分たちの地域の防災力を高める努力をすることで,突然発生する地震災害に対し,初期消火や救助,その後の生活環境の維持も含め,大きな力を発揮することとなる。不燃化,耐震化等についても,各人の努力に負うところが大きい。
 平成15年版防災白書においては,この点について,「生活から考える防災まちづくり」として,具体事例も含め詳細に紹介したところである。また,本白書においても,第3章「国民の防災活動」において,詳述している。このような「自助,共助」を軸にする地域防災力の向上は,今後とも地震対策を進める上で重要な課題である。

コラム 災害後の企業の対応
 大規模地震災害に係る想定経済被害は極めて甚大と予想されるが,社会経済活動に与える影響を最小限に抑えるためには,企業の対応が重要となってくる。
 [1]主要な交通施設及びライフラインに関しては,施設の耐震点検・補強を定期的に実施し,多重的なネットワークを形成するとともに,復旧目標の具体的設定を行う等,事前の対応が重要である。
 [2]個々の事業所ごとの対応ではなく,全社的戦略として,災害時に通常の事業活動が中断した場合に可能な限り短い期間で事業上最も重要な機能を再開するための,業務継続計画(Business Continuity Plan(BCP):バックアップシステムの整備,バックアップオフィスの確保,要員の確保,安否確認の迅速化などを含む計画をいう)を事前に策定し,業務復旧目標を設定することの重要性は,同時多発テロ以降,つとに指摘され,米国企業を中心に多くの企業で導入されている。
 企業の災害時対策として致命的な障害が発生した場合でも,中核業務を持続させることで,業務中断に伴う顧客取引の競合他社への流出,マーケットシェアの低下,企業評価の低下などから企業を守ることが狙いで,経営レベルの戦略的な課題の1つとされている。わが国企業の場合,米国企業と比べ,導入していない企業の割合が高いと言われている( 図3 )。

BCPの策定状況における日米比較
 なお,中央防災会議に現在設置されている「民間と市場の力を活かした防災力向上に関する専門調査会」において,BCP策定の促進に向けた環境整備課題が検討されているところである。

 また,行政の対応に関しても,災害時に迅速かつ適切に応急対策を講じるために,情報集約・共有化,情報システムの整備,防災組織・体制の強化,人材育成等,様々な観点からの課題がある。

コラム 災害対応業務の標準化
 平成6年(1994)年1月に米国で発生したノースリッジ地震や平成13(2001)年9月11日に米国で発生した同時多発テロなどの緊急事態における,米国のFEMA(米国連邦危機管理庁:Federal Emergency Management Agency)を始めとする応急対応機関の危機対応能力については,高く評価されているところである。迅速かつ効率的な応急活動がなされた要因としては,「災害対応業務の標準化」が挙げられており,具体的には用語の統一,組織形態の標準化,情報システムの統一,指揮命令系統の統一などを行ったことにより,場所や団体が異なっていても同一に対応できるシステムが整っていることが指摘されている。
 我が国は,大規模地震災害を受けやすい国土であり,特にいつ発生してもおかしくないとされる東海地震や今世紀前半にも発生するおそれがあるとされる東南海・南海地震等による巨大災害が予想される。このような巨大災害は複数の都府県が同時に被災することとなり,複数の地方公共団体や各省庁,医療機関など,様々な組織が共同して対応に当たることとなる。そのため,我が国においても災害対応業務の標準化,すなわち「国だけでなく地方公共団体にあっても災害対応に関してより実効性が高く有効な計画を整備し,国と地方公共団体が広域連携に基づいた防災対策を効果的に実施できるよう,災害対応業務に必要な基本認識,情報等に共通性を持たせること」(岩佐佑一,林春男,近藤民代 地域安全学会論文集No.5, 2003.11)の重要性が認識されている。

 以上のように,防災対策に関しては,様々な課題があるが,以下では,大規模地震対策のうち,事前に取り組むべき行政の施策であって,被害想定と関連させて,その必要性,効果等を説明することもできるものとして,2点について取り上げることとする。
 まず,被害,特に人的被害をもたらす要因そのものを抑える「減災対策」(Mitigationとよばれることが多い)が重要である。具体的には,住宅・建築物の耐震化である。
 また,被害の発生要因自体は抑えないまでも,それによる影響をなるべく最小限に食い止めるための努力も必要である。具体的には情報伝達を通じた避難体制の整備が考えられる。いずれも,災害が発生する前,事前の段階から準備し,備えておく必要があるものである。
 [1] 住宅・建築物の耐震化
 被害想定においては,地震の揺れによる建物の倒壊による人的被害が最も多く,建物の耐震化によって,その被害は1/4〜1/5に縮減できるものとされている。実際,阪神・淡路大震災の犠牲者の8割以上が建物倒壊による窒息死,圧死であった( 図4 )。

阪神・淡路大震災の犠牲者8割が窒息死,圧死
 住宅・建築物の耐震化を進めることは,震災による被害を抑止する上で極めて効果的である。また,耐震化により,火災延焼の危険性の縮減,大規模地震災害発生直後の救命・救助活動の縮減が図られるとともに,発災後のガレキなど災害廃棄物の発生が抑制され,早期の復旧を図る観点からも効果的である。また,倒壊した建物は建っている時に比べ,隣接建物からの延焼を防ぎきれない危険性が高くなることから,住宅・建築物の耐震化を進め,倒壊を防止することは,火災延焼の危険を軽減することに寄与するものでもある。
 住宅・建築物に関する耐震性の基準は,昭和56年に改正されたものであるが,これ以降に建築された住宅・建築物は,阪神・淡路大震災の際にも一定の安全性が確認されている。逆に言えば,昭和56年以前に建築された住宅・建築物の耐震化を図っていくことが重要である。
 しかし,これまでの取り組みにも関わらず,耐震化の進捗はまだまだ十分とは言えない。
 住宅についてみると,現在,我が国には約4,400万戸の住宅があるが,そのうち約2,100万戸が昭和56年以前の建築であり,国土交通省の推計によれば,そのうちの約6割に当たる約1,400万戸で耐震性が不足している状況にある( 図5 )。

緊急に耐震化を進める必要のある住宅数
 また公共建築物については,平成13年度末時点で内閣府が行った調査によれば,例えば小中学校等の学校施設では調査された151,624棟のうちの約54%,82,036棟で,病院施設では調査された19,573棟のうちの約44%,8,598棟でそれぞれ「耐震性に疑問がある」という状況である。また,昭和56年以前に建築されたものに着目してみると,小中学校等の学校施設では100,243棟のうち耐震化されているものは約18%の18,207棟,病院施設では9,753棟のうち約12%の1,155棟であり,大規模地震による人的被害を軽減し,さらには,発災後の避難・救援活動の拠点として適切に活用されるためには,小中学校等の学校施設や病院施設の耐震化の推進が喫緊の課題である( 図6 )。

小中学校等,病院施設の耐震化
 このため,「東海地震対策大綱」においても,「住宅の耐震化対策等の緊急実施」などが,総合的な災害対応能力の向上にむけた取組みとして決定されており,また「東海地震緊急対策方針」においても,「関係省庁は,災害時の拠点となる学校,病院,市役所等の公共建築物の耐震診断を平成17年度を目途に実施し,その結果に基づき耐震補強等を図り,随時それらの状況のリストが公表されるように必要な措置を講じる」ことを,国が自ら緊急に実施,又は地方公共団体や民間事業者に要請等を行うことが決定されている。
 今後,想定される震度からみて,特に緊急に対策を講ずべき地域に重点をおいて早急に対策を実施することが求められている。
 [2] 地震・津波情報伝達体制の整備(緊急地震速報の実用化と防災行政無線)
 日本海中部地震や北海道南西沖地震など過去の事例から,津波による被害に関しては,地震発生直後に,迅速かつ的確な避難ができるか否かが,人的被害に大きな影響を与えることがわかる( 表4 )。

避難対応に応じた津波による人的被害想定の差
 このため,真に避難が必要な住民に対し,迅速かつ確実に津波警報等や避難情報が伝達されることが重要であるが,平時より,ハザードマップの活用等を通じ,そうした体制を整備していくことが,被害を軽減する上で重要である。
 「東海地震緊急対策方針」においては,「住民の津波からの迅速な避難のため,津波ハザードマップ整備のための指針等を平成17年度を目途に整備するとともに,避難地・避難路及び地域ごとの津波避難計画が早急に整備されるように必要な措置を講じる」ことなどが決定されている。
 地震や津波を発生後できるだけ早く検知し,住民等へ伝えることは,海溝型地震の場合特に重要であり,緊急地震速報の実用化,必要な地域における防災行政無線の整備促進等が,今後の重要な課題となっていくものと考えられる。


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