1 戦後の防災行政



第1部 災害の状況と対策

序章 新たな防災行政の視点

1 戦後の防災行政

 戦後間もなく,わが国は毎年のように風水害により大きな被害を受けた( 図1 )。

自然災害による死者・行方不明者数
 災害対策基本法が策定される契機となった伊勢湾台風(昭和34年)では死者・行方不明者5,098人という多くの被害を受けている。
 しかし,その後各種の国土保全事業等が実施されたこと等により,近年では風水害で1,000人を超える犠牲者が出ることはなくなっている。一方で,6,000人以上の犠牲者を出した阪神・淡路大震災を契機として,大規模地震災害に対する備えが果たして十分であるかが問われてきている。
 阪神・淡路大震災後,災害対策基本法の改正をはじめとする各種法令の整備や防災基本計画の大幅な修正がなされたほか,大規模地震災害に対する初動時の体制の整備が進められてきた。また,平成13年の省庁再編により中央防災会議が内閣の重要政策に関する会議と位置づけられ,その機能が強化されるとともに,防災担当大臣の設置,防災行政の国土庁から内閣府への移管など,国の防災体制も強化されてきた。
 このように,制度や組織体制の整備が進められるとともに,いつ発生してもおかしくないとされる東海地震や今世紀前半にも発生するおそれがあるとされる東南海・南海地震等の海溝型巨大地震対策と,被害の波及の大きい大都市地震対策について,中央防災会議専門調査会等における検討を中心に,政府として重点的に取り組んできている。

コラム 阪神・淡路大震災後整備された応急体制
 阪神・淡路大震災は,国の応急活動等に大きな課題を残した。この震災による教訓を踏まえて,国は震災後に以下の応急体制を整備した。
 [1]首相官邸への情報連絡をはじめとして,国全体の情報連絡・初動体制を強化するため,内閣危機管理監の設置(平成10年4月),官邸危機管理センターの開設(平成8年4月),内閣情報調査室内閣情報集約センターによる情報収集の24時間体制化(平成8年5月),大規模地震等が発生した場合の関係省庁からなる「緊急参集チーム」の創設(平成7年2月)等を図った。
 [2]地方公共団体相互の要請・応援システムの機能強化を図るため,地方公共団体相互の協力について災害対策基本法に規定を盛り込んだほか(平成7年12月),全都道府県による応援協定の締結(平成8年7月),広域的な災害対策の専門部隊としての警察の広域緊急援助隊(規模:全国で約4,000人)の創設(平成7年6月),全国の消防機関による緊急消防援助隊(規模:全国で約26,000人)の創設(平成7年6月)等を行った。
 [3]この他,自衛隊の災害派遣体制の充実,大震災直後の被害規模の把握を補完する「地震防災情報システム(DIS)」の整備等の応急体制の充実強化を行ってきている (第1部第2章2−4参照)

 我が国の災害対策は,市町村が一義的な責務を持ち,被害の程度により,都道府県,国が各々役割を担っている。このことに留意しつつ,広域的,甚大な地震災害への対応については,国を挙げて対策に取り組むこととしている。


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内閣府政策統括官(防災担当)

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