6 防災情報の共有化による行政・地域・住民の連携



6 防災情報の共有化による行政・地域・住民の連携


 「自分の身は自分で守る」ことを基本とし,個人が安全確保に自己責任を持てるようにするには,行政が地域の危険に関する情報を事前に周知しておくことは極めて重要である。最近では,各地の自治体で,自然災害による被害の可能性を示すハザードマップや被害想定が数多く提供されるようになった。しかし,中には,これらの防災情報が,住民の防災意識の向上や地域全体での災害対策の実施に結びつかない例も見られる。
 地域の防災能力を高めるためには,行政,地域,住民が,地域の防災情報を共有し,連携して地域の災害対策を実施していくことが重要である。

(1) 防災情報の提供

 国や地方公共団体において,公開されてきている災害関連情報としては,地震発生の長期評価,地震被害想定,洪水ハザードマップや土砂災害危険情報等がある (図3−6−1) 。地震の被害想定は,46都道府県で作成されており,洪水ハザードマップは,148市町村で作成が完了している(平成14年3月現在)。火山に関するハザードマップは,現在全国24火山において作成,公開されており(平成14年3月現在),現在作成中のものも,完了次第,公表される予定である。

(図3−6−1)洪水ハザードマップの例
(図3−6−1)洪水ハザードマップの例
 以前は,地価の下落や観光産業等への影響を懸念し,行政が地域の危険情報の提供をためらう例も見られたが,近年では,多くの自治体で危険情報を提供する動きが出てきている。例えば,富士山周辺の静岡県や山梨県などの自治体では,内閣府等関係省庁と連携し,富士山の噴火を想定した防災訓練の実施や富士山ハザードマップの作成に取り組んでいる。
 このように地域の災害関連情報が積極的に公開されるようになってきた背景としては,第一に,阪神・淡路大震災以降,治山・治水等の行政が進める対策に加え,住民自身の防災への取組みが重要であると認識されるようになったこと,第二に後述する有珠山噴火の際の避難の成功などから,災害情報に基づいた十分な対策が求められるようになったことなどがある。

(2) 防災情報提供の課題

 [1] 身近な危険情報の提供
 東海地震の発生が懸念されている静岡県では,昭和53年以降,地震被害想定結果を公表してきたが,これまでは住民からの問い合わせ等の反応は多くなかった。被害予測を示した地図は県全体を町丁目別に表示しており (図3−6−2 左) ,自分の住む地域がどの程度危険なのかを実感しにくかったためと考えられる。
 しかし,平成13年に公表された第3次地震被害想定では,町丁目別の危険度を,より詳細な地図に表示し (図3−6−2 右) ,インターネットで検索できるようにしたところ,電話等による問い合わせやホームページへのアクセスが殺到した。内容は,自分の住んでいる地域の被害はどうなるのか,というものが圧倒的だった。また,横浜市でも,平成12年に市内の地震被害想定結果を50mメッシュ単位で公表したところ,市が実施している木造住宅耐震診断への申込み世帯数が,それまでに比べ大幅に増加した。

(図3−6−2)第2次地震被害想定結果(左) 第3次地震被害想定結果(右)

第3次地震被害想定結果(右)
 また,近年,豪雨災害等を経験した広島県広島市,呉市,高知県高知市において,住民がどのような防災情報を必要としているかについて聞いたところ,3市とも「安全な避難場所と避難経路」が最も多かった (図3−6−3) 。また,今後,特に充実してほしい防災情報は,「どこに,どのような災害が起きる可能性があるか」ということであり (図3−6−4) ,これらを合わせると,住民が求めているものは,どこで災害が起きる可能性があり,その時,どこに逃げればよいかという具体的で身近な地域の防災情報であるといえる。

(図3−6−3)風水害に備えるために欲しい情報

(図3−6−3)風水害に備えるために欲しい情報
(図3−6−4)今後特に充実して欲しい情報

(図3−6−4)今後特に充実して欲しい情報
 身近な地域でどのような災害が起こり,その時,どう行動すればよいかを知りたい住民側の関心と,行政区域全体の危険性を網羅的に示したい行政側の姿勢に差があると,防災情報が住民にうまく伝わらない場合がある。行政は,町内や小学校区ぐらいの範囲を示した地図の上に,災害種類別の危険箇所や避難場所・避難経路を明示するなど,身近な情報や具体的行動に結びつく情報をわかりやすく伝える努力が必要である。
[2]防災情報の正しい理解
 雲仙普賢岳の噴火災害を経験した島原市は平成6年6月に,土石流,火砕流,都市火災及び眉山崩壊に対する避難対象地域,避難場所,避難方法等を示した防災マップ及び防災ガイドブックを作成し市内全戸に配布した。その後,平成9年9月(噴火終息後2年目)に,調査を実施したところ,これを「見たことがある」人は84%に上るが,地区によっては,その地区が土石流の避難対象地区に含まれているにも関わらず,正確に理解している人は半数以下となっている (図3−6−5)

(図3−6−5)住民の土石流に対する避難危険地区の把握状況

(図3−6−5)住民の土石流に対する避難危険地区の把握状況
 桐生市では,平成12年に,配布された洪水ハザードマップについて住民調査を実施したところ,約9割の住民がハザードマップを見ており,洪水時に自宅がどの程度浸水するかを正しく読みとった住民も7割程度にのぼった。しかしながら,危険地域に居住しているにもかかわらず,治水施設整備がなされていること等から安心感を持った住民が4割程度いた (図3−6−6)
 このように,防災地図を提示するだけでは,意図した情報は必ずしも正確に伝わらず,住民に不安感や逆に過度の安心感を与え,その結果,対応上の誤解を招くことも懸念される。行政は,危険地域を明示した,わかりやすい地図の作成を心がけるとともに,地図の見方や内容を説明したガイドブックの作成,相談窓口の開設など,情報の背景や意味を正確に伝える努力を行う必要がある。

(図3−6−6)ハザードマップをみて安心・不安感を持った人の割合

(図3−6−6)ハザードマップをみて安心・不安感を持った人の割合
(3) 行政,地域,住民の連携

 先の広島市,呉市,高知市において,行政の防災情報を受けて住民がどのような災害対策をとったかについて聞いたところ,「災害に備えて家族で話し合い」をした人が各市とも3割前後おり,世帯単位では活用されていることがわかる。しかし,地域単位で実施する危険箇所の点検や地域の防災地図の作成,防災訓練への参加率は,いずれも低い数字となっており,地域の災害対策の検討・実施にまでは至っていないとみられる (図3−6−7)
 一方,数は多くないものの,地域単位で災害対策に取り組んでいる事例もある。広島市では,防災活動に熱心ないくつかの土砂災害危険地区において,自治会単位で独自の防災マップを作成し,訓練や避難体制づくりに役立てている(コラム参照)。また,高知市でも,住民が,豪雨災害時の被災箇所など町内の危険箇所を実際に見て回り,地区独自の防災マップを作成した。

 災害時の被害を軽減するためには,住民が,居住地域の災害発生可能性を正しく理解し,災害対策の課題を確認するとともに,行政と連携しつつ,地域のコミュニティレベルで相互協力できる体制を確立することが重要である。
 例えば,平成12年3月に噴火した有珠山では,噴火直前に出された予知情報に基づき,的確な避難勧告・指示が出され,これに従って一人の死者も出さずに,住民が迅速に避難できた。このような大規模な避難を迅速に行うことができたのは,事前に有珠山ハザードマップを準備していたことに加え,地元市町が,住民向けに地域の火山防災啓発活動を行っていたことや,地元の小学校が,独自に「有珠山火山マップ」を作成し,火山活動史や災害を勉強していたことなどにより,住民が噴火の危険性や避難の方法などを十分に理解しており,行政や火山専門家等との緊密な連携がなされていたことが大きな要因と考えられる。
 また,アメリカでは,コミュニティレベルにおいて地方公共団体,住民,企業や銀行,保険会社,非営利団体,学校,専門家組織,医療関係者等が互いに協力し合って被害予測,被害の軽減のための防災事業を実施する場合に,連邦政府が補助を行う制度がある。この制度は,補助の要件として,防災事業の実施のみでなく,実施する地域の様々な団体のパートナーシップの強化が組み込まれている点に特徴がある。

 総合的な地域防災力の向上,強化のためには,行政,住民,地域の様々な連携が不可欠であり,その前提をなすのが,地域の防災情報の共有である。公開された洪水・土砂災害ハザードマップなどを基に,地域住民等が集まり,地域独自の防災地図づくりなどを行うことにより,住民や企業,関係機関等が協力した地域の防災体制が形づくられる。

(図3−6−7)防災マップを見てから住民が実施した防災対策

(図3−6−7)防災マップを見てから住民が実施した防災対策
「広島市伴地区自主防災会連合会の防災への取組み」

 広島市安佐南区沼田町伴地区では,阪神・淡路大震災後,平成9年から消防署と連携しながら防災マップづくりを進めてきた。その後,平成11年の豪雨災害の経験を契機として,より詳細で,地域の情報を網羅した防災マップが必要であるという認識から,避難路,避難場所,災害弱者世帯,防災関連施設,土石流危険渓流等を書き込んだ「わがまちの防災マップ」の作成が各自主防災会で進められ,平成11年9月までに22の自主防災会でマップが完成した。さらに,作成した防災マップの検証のため,平成12年には,地区住民約1,000人が参加した「6.29豪雨」災害検証訓練(夜間宿泊訓練)が実施されている。

(コラム図)広島市伴地区の防災マップ

(コラム図)広島市伴地区の防災マップ


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